「おネギを切りながら、コーヒーを淹れながら…。(4月20日)」
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あなたは、ここ《note》でクリエイターをなさっておられますよね。
お仕事、家事や育児をこなしながらの投稿、本当にご苦労様です。
その大変さ、よく分かります。
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そう言えば、『沼にハマる。』という言葉が少し前に流行ってましたよね。
その意味は、何かに熱中し過ぎて、まさに"底なし沼にハマった感じ"になって抜け出せなくなることを表しているのだけれど、家事というお仕事は、まさにその通り。
たとえばスポーツ競技、マラソンのように、青天井の下、暑さ寒さをものともせずに、この競技発祥の地で定まったという『42.195キロ』を走り切れば、そこにゴールポストが立っていて、そのポストに渡されたゴールテープを切れば、その後は主催者、応援の人、サポートスタッフの笑顔といたわりに身を委ねられて「あとは任せた。」と言える。
でも、家事のそれは目に捉えられるゴールもなければ、競技の日だけ最大公倍数、いわば『火事場の馬鹿ヂカラ』で乗り越えられるようなものでもない。
家事の一つ、お食事の準備に始まる作業をしても、食べないことには生きていけないので、365日年中無休で、延々と終わりがない。

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たとえば家事に目を向けても、お掃除は、日々の合理化省力化で、四角いところを丸く履き始めてはみたものの、視界のわずか外に小さなホコリを見つけて、そこから先は芋づるをたどるがごとくに、気づくと深追いしていることがある。
誠に厄介である。
そこで少しでも効率を上げようと、並行作業、ランドリーは洗濯機に任せて、お皿洗いは食洗機に切り出す。
深追いの挙句に日常のお掃除が、ウッカリ『大掃除』にならないように気をつけながら、お掃除をする。これとて、昨今は『ロボット掃除機』にお任せすれば、寝ている間の夜中に終えていてくれる。
ゴミ出しや分別は、まだAiには無理だしね。

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そんな日常を送る中で、執筆活動をどうするか。読み手にウケそうなお話は時と場所を選んでくれない。"天からのお告げ"のように、予告もなく降りてくるもの。
たとえば、ご飯作りのおネギを切っていた時に、いきなりアイデアが降りてくる。
でも、ネギをお台所に放置もできない。
たしかに、その気になればポケットやテーブルに置いたスマホに手を伸ばすことも出来るけれど、「この指先からのおネギを香りを、スマホに付けてしまうけど、それで良いの?」という問題をはらんでしまう。

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でもね。そんな時にも、女子といういきものは案外、上手くこなせる。
使える手に右と左の両方があるように、目の前、おネギを切るための思考はそのままに、別のタイミングで浮かんだ文章を地道にたぐってゆく。
それは造作もないこと。
思えば、普通におネギ切り職人をやってても、動かす手はそのままに、後の部分は『無の境地』で、じつは頭は休んでいるから。
思いついた文章の続きは、その余った部分から捻出できる。
さらに、そこに宅急便が到着。
割り込んできたお荷物の受け取りで、おネギ刻みも文章も、全ての事が中断したとしても、気持ちのテンションを切らず、「粘り強く頑張れる才能」「我慢強さ」が、女性には備わっているみたい。
なので、その時に思いついた文章の続きは、宅配屋さんからお荷物を受け取って、その辺りに置く。さて、手を洗って作業の続きを…となってもちゃんと復元できる。
途中で断片のまま、その辺りに転がっていても、それを粘り強く拾い集めて、再出発できるのが女子という生きものの強さかもしれない。"我慢に長けている"とも言える。

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思えば、あまり好きな言葉じゃないけど、女流〇〇や、音楽家や演奏家、スポーツの世界にも、家事や育児をこなしつつ、あるいはキャリアを一旦は諦めたとしても、再び自分が届いた心地よい場所に戻って来て頑張りたいことをこなしているのも、そんな女子には多いように思えるのだけれど、どうかしら?
それを称して、科学的には『女子脳』と呼ばれ、並行作業や継続力、コミュニケーションの能力に秀でていると言われている。
一方の男性のは、
「全集中、一点突破のここ一番のチカラ押しに強い」という。
どちらが優れているというお話しでもないし、競うのではなくて、それぞれの良いところ、強みを持ち寄って、みんなが幸せになればそれで良いと思う。
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と、いうことで、いま、あなたとおしゃべりしているお話も、お料理の下ごしらえ、おネギを刻みながら、頭の中でグルグルの回しているところなの。
日々、家事の合間に創作をなさっているあなたを応援しています。
ところで、あなたは並行作業は得意ですか?
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
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