「私を古書店に連れて行って。(1月17日)」
*
1月半ばから2月にかけては、椿や梅の見頃とともに、全国各地で新春の古本市や大規模な古書即売会が開催される。
例えば、私の住んでいる地域からは少し離れるものの、早春の華やかな賑わいの古都・京都で開催される古本市『古書会館de古本まつり』が今年(2026年)2月に開催されるのを心待ちにしている。
その立派な品揃えを誇る古本市を見て歩くのは、とても楽しい。
来場者の多くは年配の男性客が占めており、その中で私のような暖色系の出立ちで闊歩する若輩者は、かなりに珍しい存在だが、それでも最近は徐々にではあるが、女性客も増えてきたのは誠に喜ばしい。

*
古書、古本を専門に扱うお店屋さんを『古書店』と呼ぶ。
古書店というとイメージされるのが、入り口からお店の奥へ続く京都の古い民家、軒先を両側のお家が分かち合って連なる京町家、入り口こそ狭いが、京の高温多湿の夏に涼風が通るように工夫された、その奥へと続く構造に似た、まさに"鰻の寝床"と称されるお店の構造が特徴である。
そして、気難しい店主が一番の深み、レジ奥にあぐら座りで陣取り、その両側には高く作られた本棚と、入り口手前から店内中央へと配置された比較的安価な書籍が納められた本棚は、人の背丈の半分ほどの高さである。
その薄暗い店内は、外からは見通しが効かず、『一見さんお断り』あるいは『お店に入ったら最後、何か買わないと返してもらえないぞ。』との無言の圧力を初見さんに掛けてくるが、勇気を出して店内へと歩みを進めると、そういった心配は気の迷いであったと知るだろう。

*
それに、最近では若い世代の参入もある。
大概にして、最近の古本屋さんは、店内こそは売り物の本で埋め尽くされてはいるが、比較的余裕を持って本棚が建てられている。古老の店主のお店のように、通路間際まで張り出した商品に触れて落とさないように、
鰻の寝床の狭い中を『蟹の横ばい』の如くに動かねばならないことも無くなった。
例えれば、図書館の装いなのである。
BGMも若い店主の好みで、JAZZが流されていて、書棚にも主人イチオシの音楽本が並ぶ。照明も程よい明るさの間接照明と、本を一読しやすいようにスポットライトが点在し、お店の前から中が見通せる安心は、女性客にもありがたい。
ふと平置きされているのが、パステルカラーの児童書や絵本、ファッション誌のバックナンバーもあるので、おしゃれな気分も満たしてくれるのだ。

*
さて、お話がうなぎのように長くなったが、
私が音楽書を古本市や古書店に頼るのは、これらが専門書に当たるため、元々の出版部数が少なく、絶版になったら最後、個人蔵は私と同じく音楽を生業に、研究目的での所蔵だろうから、おいそれとは手放してはくださらず、当然として古書店にも出回らない。
出回っているとすると、それは、そのご本を愛蔵されておられた方が亡くなられたなどの"やんごとない理由"と察せられるので、こういった専門書が手に入ったと喜んで良いものかと思案にくれるが、この世の全てのものに『輪廻転生』がついて回るのだなと心得て、先人からのありがたい"申し送り"と、感謝とともに手に収める。
また、専門書の古書には、新刊にはない『書き込み』や『メモ』が残されていることが稀にある。
それらからは、前の持ち主の研究のありさまが垣間見えて、新しい持ち主となった私が、この先へ続くストーリーをたぐるための役に立つ。

2月13日から15日まで開催。)
*
平成・令和の現代では、昭和の頑とした表情の『古書』というよりは、ECOを絡めた『リユースブック』と言い表される古本がチェーン展開の大型店舗で販売されている。
私が見たところ、古書店の扱うお堅い専門書は数が少ないが、その一方でピアノの楽譜にはPOPSや、気軽にクラシック音楽へと迎えるやさしいアレンジのものも多い。
少し前の平成から昭和の懐かしのヒットソングと銘打った曲集は、西田敏行さんの『もしもピアノが弾けたなら。』で音楽を始められた方々の需要を満たすのではないか。
また、音楽本の脇には、特撮ヒーローやアニメ本も良い感じのラインナップである。
ここで、ヒーローやアニメ話に向かうと沼るし、私の"おたく"がバレてしまうので、この辺りにしておく。
『食べ物は体の栄養。良書は心の栄養。』と言いますから、
あなたも、お休み日の午後など、お気軽に古書市や古書店にお出かけください。あれこれ物色していると時間の進みの速さをご実感されることでしょう。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI)
いいなと思ったら応援しよう!
ご支援くださり、ありがとうございます。くださったチップは、楽譜やご本の購入代金に使わせていただきます。