書きたい文章と書ける文章と書けない文章
ゴールデンウィークですね!仕事休みだから修論進めなきゃーっと、論文読み込んだり判例読み込んだりしている今日この頃です。
今日は最近修論を本格的に執筆している中で思ったこと、「書ける文章があるのに書けない文章で、書ける文章しか書けないんだよなぁ」という、当たり前のことを改めて言語化してみます。
書きたい文章
書きたい文章は、わんさかあります。こんな結論が書きたい、こんな流れで書きたい、こんな提起をしたいなど、頭の中で構想はできています。でも、それを論理立てて書くことができない文章があって自分の力不足を痛感します。もっと勉強して色んな論文を読んで判例を読んでインプットすれば少しはかけるようになるのかな? とも思いますが、そもそも筋が通らないことを理想としてしまうこともあるので不可能なこともあると割り切ることも大切なのだと思いました。新しい論理を導くのは修論では相当困難なことです。今は広く学んでいますが、修了できたらもっと細かく勉強して今書けない文章を書けるようになりたいです。
書ける文章
これはシンプルです。書ける文章は、インプットができているものに対して自分の考えを持てたものに関する文章だと思います。学んでいて楽しいな! と思うものは比較的書ける文章につながりやすいです。最近一番書けてるなと思ったものは「インボイス制度導入の是非」についてでした。社会的にも大きな波紋を呼んだこの制度、国際的な視点、消費税のそもそもの在り方を学ぶととても面白いものだと気づきました。これもいつかnoteにまとめられたらなーって思っています。
少し脱線しましたが、興味があって学びが十分なものに関しては文章が書けます。
書けない文章
書きたい文章について書いている時、書けない文章と一緒じゃないか? と思っていましたが、書いているうちに思考が整理されました。書けない文章は、自分が学ぶ気がないのに書かないといけない文章だと思います。なので書けない文章=書かないといけない文章、とも言える気がします。
必修の科目は必ずしも興味があるものだけではないのが現実です。その科目のレポートは驚くほど書けません。たとえ内容が簡単でもインプットが圧倒的に足りないので書けないのです。本当はあまり良くないことですが、人間だから仕方がないと思いたいです。もっと広く興味を持たないといけないのだろうなぁと思いながら、論文だけはちゃんと読もうと心に決めました。
文章を書くこと
壮大な見出しですが、文章は今まで何回も書いてきました。幼稚園のお手紙もそうですし、小学校の作文、中学校では高校受験の志望理由書、高校は日常的に長い文章に触れていましたし、大学ではレポートが中心です。こんなに書いてきたのにまだ慣れないなというのが本音です。求められるレベルが変わっていることは大きいですが、それだけ成長できるということ。修論も書ける文章だけにならないようにコツコツ頑張っていきたいです!
ここまでご覧いただきあがとうございました!連休明けの仕事、面倒だなぁと今から思っていますが頑張りましょうね🕊
