全国高等学校野球選手権大会歌『栄光は君に輝く』聴いてみた(ベース弾いてみた)✱歴史と伝統。その先にあったものは…
ご覧頂きありがとうございます。
『熱狂の果てと、いつもの日常』
圧倒的個の守備力が最大の魅了だった大会MVPのロドリ選手をベースにした組織力で"メッシへの引導"を渡した次代のスター・ヤマル選手率いるスペイン代表が見事!
2010年南アフリカ大会、延長後半116分に後にヴィッセル神戸へ移籍し、デビュー戦で早速華麗なテクニックを披露し神戸を、日本を、世界を魅了した"あの"アンドレス・イニエスタが決めた奇跡の決勝ゴールによる初優勝から!
イニエスタといえばノンジャンルの豊富な知識とユーモアを交えたソフトな語り口で今も根強いファンから支持される"カリスマ"アナウンサー、倉敷保雄氏(1961年3月11日生65歳)が、当時所属で黄金期だったバルセロナの試合実況中の名セリフ「シャビ、メッシ、シャビ…そしてイニエスタ!」あまりに華麗で見る者の度肝を抜く、見事なパス回しを受けた選手名を連呼するだけで実況が成立してしまう倉敷氏の心地よいフレーズが耳から離れられなくなったという森山良子のジュニアで歌手の森山直太朗氏が2012年発表した名曲「そしてイニエスタ」という曲でもお馴染みの!
"そんなイニエスタ"以来16年ぶり2回目の戴冠で幕を閉じた2026ワールドカップ北中米大会!

普段はゴールを決めても淡々とパフォーマンスをするだけのようなクールな選手が、絶叫する姿、涙する姿を見るにつけ、大会の歴史や重み、国の期待を一身に背負った"漢(おとこ)達"の熱い想いが胸に迫り、一抹の寂しさを感じながら、「これから一体、何を楽しみに生きていけばいいのか…」
なんて事は一切なく💧、画面のスイッチを切った瞬間、都合よく次から次へ趣味嗜好の世界へGO!🏃💨
⚽️〜ボクの・ワタシの、おもいでの"わーるど・かっぷ"!〜
●"本気顔選手権"〜其の一〜

〜其の二〜

〜名物サポーター編〜


〜新たな"歴史の1ページ"〜


世界に広がれ!?
🌻そんな中、迎えた「暑すぎる」夏…
千差万別、それぞれの夏の楽しみがあると思いますが、夏といえば
何と言っても
「夏の甲子園」。
汗と涙、一球に懸ける高校球児達の全力プレー。
それを負けじと全身全霊で"声"を届ける、アルプススタンドの応援席。
勝とうが負けようが、関係あリません。
この一瞬に全てを懸け"生きてきた"球児と、その応援団、そして
その周辺の人々。
全身泥だらけで流す汗と涙。
"その世代"だからこそ出来る、
「世界でいちばんアツい涙・
美しい涙」
ではないでしょうか。(自分調べ💧)
⚾️「アツい夏」を彩る、不朽の名作の裏側
そんなアツい夏を連想させる重要な要素の一つが「曲」。
ではないでしょうか。
そして真っ先に浮かんだのが今回の曲
『栄光は君に輝く』
でした。
作詞は「加賀大介」、作曲は「古関 裕而(こせきゆうじ)」。
現在では、試合途中のグランド整備時のBGMとして、はたまた朝◯新聞の広告CMとして様々なバージョンがあるようです。(今回のバージョンは、98回大会(2016年)に「ダンス篇」として、当時の軽音楽部の高校生で制作、歌唱。
・出演: 高校生129人
・撮影場所: 関西学院大学第3フィールド(兵庫県西宮市)
・ダンス 大阪府立今宮高校ダンス部3年生36人(女子34人、男子2人)
・歌&演奏 高等学校軽音楽部連盟大阪から推薦を受けた9人のミックスバンド
(大阪府立金剛高校、府立桜塚高校、府立泉陽高校、府立金岡高校、大阪市立都島工業高校)
・エキストラ 今宮高校ダンス部員2年生34人、1年生37人
関西学院大学高等部ブラスバンド部13人
感動をありがとう!
そこで今回は、曲のアレコレや高校野球に纏わるアレコレ、漁ってみました…
🎼『名曲誕生の裏に隠されたドラマと数奇な運命』
1948年に学制が改定に伴い、
「全国中等学校優勝野球大会」が「全国高等学校野球選手権大会」に改称。更にこの年の大会が第1回大会から数えて30回目の節目の大会であったことから、大会歌の歌詞を
一般公募する事に。
応募総数5,252篇中から、最優秀作品に選ばれたのが加賀氏の詞であったが、入選発表の名義は
「加賀道子」だった。
実はこれ、加賀氏の「婚約者名」であり、周囲から懸賞金(大賞賞金は5万円で、当時の公務員の平均給与の10倍以上であった)目当てと思われるのを嫌い、彼女の名前で応募。
1968年の第50回記念大会、20年の時を経て、ようやく真相を告白しました。
⚾️"数奇なる運命"に導かれて…!?
加賀氏自身も元・野球少年であったが、試合中の怪我で骨髄炎を発症。右足の切断を余儀なくされ、野球を断念。
「栄光は〜」内の歌詞には、加賀氏のそんな野球に対する熱い情熱が無念と共に強く込められている事が分かりました。
そして、コレに纏わる有名な
都市伝説!?がコチラ──
「〜松井秀喜 加賀大介の生まれ変わり説〜」
アメリカ大リーグ(ニューヨーク・ヤンキース)でも活躍した松井秀喜氏。
出身はなんと加賀大介(中村義雄)氏と同じ石川県能美郡根上町。
さらに加賀氏の死(1973年6月21日にガンで死去。享年58歳)のほぼ一年後に生まれたのが松井氏。(1974年6月12日生まれ)
血液型も同じO型。
また、松井氏が巨人時代の1996年にサヨナラホームランを放った相手・古溝克之投手の母校(福島商業)は、なんと『栄冠は君に輝く』の作曲者・古関裕而の母校だったという…
なお、加賀氏の長女(淑恵さん)は、松井秀喜氏の母校である
根上町立浜小学校の校長を務めていたといいます(2012年当時)。
これは、単なる偶然なのでしょうか…
⚾️まだある、高校野球アレコレ…
①選手権(夏)の都道府県別
「勝率」ベスト&ワースト!
夏の甲子園における都道府県別の通算勝率、どこが高い(低い)か?
調べてみると、事細かにデータが満載のマニアなページもありましたが、簡単にご紹介。
勝率ベスト3
(トップクラスの強豪エリア)
大阪府・神奈川県 ・愛媛県など
特に地元の大阪や首都圏の神奈川は激戦区でありながら納得の選出ですが、愛媛も昭和の時代から「野球王国」として高い勝率をキープしている伝統校揃い。
1位 大阪 勝率.656 優勝12回 準優勝5回 162勝 85敗
2位 愛媛 勝率.642 優勝6回
準優勝5回 115勝 64敗
3位 神奈川 勝率.639 優勝7回
準優勝3回 122勝 069敗
勝率ワースト3
(苦戦が続くエリア)
東北エリアの一部 など
かつて雪国のハンデと言われた東北勢ですが、近年は仙台育英(宮城)の優勝をはじめとした雪国勢の躍進も目覚ましく、この歴史的データもどんどん塗り替えられていくことでしょう。
②過去最大の得点差は…
高校野球で最大得点差の試合が記録されたのは、1998年7月18日。
第80回全国高校野球選手権青森大会の1回戦で、東奥義塾高校が深浦高校を相手に挙げたスコアは…
122対0
7回コールド
試合時間: 3時間47分。
初回だけで39点、2回以降も10点、11点、17点、16点、12点、17点と2ケタの得点を重ね、7回コールド。
東奥義塾が記録した安打は7本塁打を含む86本、盗塁はなんと78。
一方の深浦高校は5つの四死球はあったが、ヒットはゼロ。
記録的なスコアを聞き付けマスコミが一斉に飛びつき、新聞、テレビはもちろん、本まで出版され、神奈川県では道徳の教科書にまで載ったとか。
(内容はどんなに打たれようと勇気を持って試合に立ち向かい、最後まで諦めずに戦った深浦高校を讃えるものだった。)
🧢③「夏の甲子園」に必ず現れる謎の人物とは…
甲子園のバックネット裏に、全国放送の試合に"必ず出場"していた人物がいました。
その人の名は、
「ラガーおじさん」。
その名の通りラガーシャツを着用し、ド派手な蛍光イエローの野球帽を被って"出場"。
テレビの実況中継の視聴者が気付きはじめ、いつしか“ラガーさん”の愛称で有名になっていた人物。
本名・善養寺隆一さん。
甲子園で高校野球を初めて観戦したのは、剛腕・渡辺智男投手を擁する伊野商(高知)が準決勝でKKコンビ(清原和博内野手と桑田真澄投手)のPL学園(大阪)を破り、決勝でも帝京(東京)を下して優勝した1985年春の選抜から。
連続試合観戦数は1200試合を優に超える(2014年時点)。
都内の自宅と甲子園の往復は、専ら深夜バス。
毎回、"指定席"を確保する為に寝袋にくるまって徹夜で並び、全試合を当時自由席だったネット裏最前列で観戦するようになった。
"ユニフォーム"の謎…
「ラガーシャツをいつも着るようになったのは2001年頃から。甲子園球場の目の前にあるスーパーで売っているのをたまたま購入したところ、丈夫で汗の乾きも速いことが気にいった。それ以来、野球観戦以外の普段の生活でもラガーシャツを着るようになりました。」
「夏はものすごい汗をかくから、着替えると気分がいい。別に楽しませようと思って着替えてるわけじゃないんです。今年は12枚ほど持ってきてるけど、全部同じ柄っていうほうがヘンでしょう(笑)」
ラガーシャツの数も100枚は優に超える。
有名になった今では、全国のファンからラガーシャツをプレゼントされる事も。
近年の大会では、試合ごとに着替えるラガーさんのシャツの色を記録した
「ラガーさん観察」
なるものを発表する人も登場。
ラガーさんのシャツの色を夏休みの自由研究のテーマにした小学生も現れ、表彰を受けた縁で、今も交流があるとか。
こだわりのブランドは
「カンタベリー」。
そんなラガーさんに大きな変化が訪れたのは、2016年の春の選抜から。
ネット裏席前方に「ドリームシート」が設けられ、小・中学生を公募の上で無料招待するようになり、ラガーさんは定位置を追われるように。
2021年の選抜からは全席指定となり、「昭和生まれのアナログな人間なので、インターネットをうまく扱えず、思うようにチケットを取れない」というラガーさんは、慶応(神奈川)が107年ぶりの優勝を飾った2023年夏を最後に、甲子園から足が遠のいていた。
それでも友人達の協力でチケットを得て再び甲子園に足を運ぶように。
テレビ中継に映ることはなくなったが、「球場のトイレに行く時などに、昔ほどじゃないけれど、多くの方に声をかけてもらったり、写真を頼まれたりする。うれしいね」頬を緩める。
そんなラガーさんは現在59歳(2026年現在)で、8月には還暦を迎える。親の代からの印刷業を数年前にやめ、貸店舗と家賃収入で生計を立てているという。
「甲子園に来ると、体力もお金も使う。ただ、お金はあの世までは持って行けないからね。生きているうちに楽しまないと。体力が続く限り、また来たいかな。俺のライフワークだから!」
今年の夏も、甲子園大会中は
「#ラガーさん」のハッシュタグで大いに盛り上がるに違いない。
🏟️甲子園球場のアレコレ…
最後に、これまで数々のドラマを生み出してきた甲子園のアレコレをご紹介…
①「甲子園」という名前の由来は、60年に一度の奇跡?
1924(大正13)年に誕生した甲子園。この年は十干十三支(じっかんじゅうにし)の始まりである「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年ぶりに重なるという、非常に縁起が良い年だった。この好機に合わせて作られたことから、付近一帯を「甲子園」、球場を「甲子園大運動場」と名付けられたのが始まり。
②「アルプススタンド」の命名者は、伝説の"あの芸術家"の…
正式名称にもなっている阪神甲子園球場の内野席と外野席の間にある
そそり立つような大観客席。
通称
「アルプス・スタンド」。
その由来は1929年の夏。
当時の満員御礼のスタンドで、白いシャツを着た大勢の観客がぎっしり埋め尽くす光景を見た漫画家が、新聞上で「まるで雪に覆われたアルプス山脈のようだ」と表現した事から定着したとか。
その漫画家とは岡本一平氏。
後の「芸術は爆発だ!」吹田市の万博記念公園にそびえ立つ
"太陽の塔"の産みの親、岡本太郎の父。
③ かつて存在した「ラッキーゾーン」と、もう一つの"仰天施設"とは…
かつて甲子園には、ホームランが出やすくするために外野フェンスの手前に仮設フェンス(ラッキーゾーン)が設置されていました(1991年に撤去)。
そこまではご存知の方も多いかと思いますが、戦前の1932年には、1塁側スタンド下には室内運動場、3塁側スタンド下にはなんと、長さ25mの「室内温水プール」まで完備され、当時最先端のスポーツ複合施設だったという驚きの歴史がありました。
④"命を懸けた証"がまさか海へ廃棄…
1958年夏、沖縄代表として初出場した首里高校。
敗退後に球児たちが甲子園の「土」を持ち帰る姿は見る者の涙を誘う"甲子園の風物詩"の一つ。
しかし当時の沖縄はアメリカ統治下にあったため
「外国の土(植物検疫)」
とみなされ、持ち込みができずに海へ捨てられたといいます。
これを知った日本航空の客室乗務員が球場の小石を集めて寄贈し、今も同校の記念碑にはめ込まれているようです。
この事件がきっかけの一つとなり、その後沖縄返還運動は一層盛り上がっていったといいます。
(選手達には未だ手渡されていないという…)
⑤驚きのイベント開催と、破天荒なグランド整備…
昭和の甲子園では驚きのイベントや整備が行われていました。
1938年には外野スタンドに30mの櫓を組み、新潟から汽車で大量の雪を運んで「ジャンプスキー大会」を開催(4万人を集め大盛況に)。
また、昭和20年代頃までは、長雨でぬかるんだグラウンドを急遽乾かすために仕込んだのが
「ガソリンを撒いて火をつける」という、今では考えられないようなダイナミックで破天荒な整備が行われていました。
表面の熱でかえって地下の水分が吸い上げられてしまい、グラウンドコンディションが悪化するうえに異臭や黒煙も酷く、実際にはあまり効果がなかったという、一体だれが言い出したのか謎すぎる歴史も💧
思えば甲子園を本拠地とする阪神タイガ◯スも"なかなか"な歴史の宝庫です。
1955年、プロ野球経験が全くなかった60歳の老人(元・市役所職員 岸一郎氏)が、球団オーナーへ手紙を送ったことをきっかけに、まさかの第8代一軍監督に電撃抜擢され、わずか33試合(14勝18敗1分)で事実上の解任に追い込まれた日本プロ野球史における最大のミステリーの一つとして出版までされている(ノンフィクション書籍「虎の血」でも話題だった!)とか、
2005年の日本シリーズ(阪神vsロッテ)では、シリーズ合計スコア
「33対4」という歴史的大差で完敗し、日本シリーズ史上初のチーム本塁打ゼロ、史上最低防御率など不名誉な記録を打ち立ててしまい、今やネット上で悲惨な状態を表すスラングとして定着した「334」の悲劇を生んだり…
かと思えば、2010年のオリックス監督時代に「優勝」と口にした途端に後半戦で失速して逃した苦い経験(通称・言っちゃった事件)から、選手にプレッシャーを与えないため「優勝」という言葉を「アレ」と言い換え、メディアの過剰な煽りを防ぎ見事18年ぶりのリーグ優勝&38年ぶりの日本一に導いた岡田彰布監督の鮮やかな名”アレ采配"があったり……!
かつてのデタラメな芝生管理を揶揄したくなるような話も含め、ツッコミどころ満載のハチャメチャな歴史が山ほどありますが…
やっぱり甲子園も、阪神タイガースも、そして熱い青春が詰まった高校野球も、全部ひっくるめて「野球は最高!」…
ってことぉ!
(…おっと、なぜかイエローカードを頂戴してしまいました…💧※人気Youtuber!?にご登場頂きました💧)
2026/08/01
雲はわき光溢れて
天高く純白の球今日ぞ飛ぶ
若人よいざ
まなじりは歓呼に応え潔よし
微笑む希望
あゝ栄冠は君に輝く
風を打ち 大地を蹴りて
悔ゆるなき白熱の力ぞ技ぞ
若人よ いざ 一球に一打に懸けて
青春の 讃歌を綴れ
あゝ栄冠は 君に輝く
空を切る 球の命に
かようもの 美しく匂える健康
若人よ いざ
緑濃き棕櫚(シュロ)の葉かざす
感激を 瞼に描け
あゝ栄冠は 君に輝く
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