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オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第20話:ニコニコ税の領収書は今日も満額

谷風がふっと変わる。

祠の後ろの斜面で、ポロと浮き石が落ち、連鎖してざざっ、と土が滑った。

足もとがぶると揺れて、土の匂いが濃くなる。

崖上の朝食列が近い。

間違えば、湯気に土砂がかぶる。


りうが1拍で全体に声を飛ばす。

「右回り退避、2歩下がって1歩止まれ!」

足拍はトン(2)・間(1)・トン・トン(2)。

子どもたちは口を開かず、親指グーだけ返す。

「短い合図だけ」が全員のルールや。



「面で守る、せーの!」

ルナが水膜を屋台と子ども達側へ一気に広げる。

薄いが、1枚で受け止める大きな手。



アンは斜面の“走ってくる力”を見切り、火の糸を紙1枚の細さへ。

「火は線、道だけ切る! 焼かずに通す!」

落ち石の進路がわずかに曲がり、水膜の面で衝撃が丸く散る。

「肩は俺が押さえるき!」

リョーマが横からぐいっと体を当て、岩の角度を変える。

小石が頬に弾いてちくっと痛む。

重さが抜けた瞬間、リッチーがネパール語で短く叫ぶ。

「目を閉じて、低く!」

ビノードが鉄板をひょいと持ち上げ、臨時の盾。

湯気が土の匂いをやわらげて、空気がいつもの“お腹が鳴る空気”に戻る。

ディーバは胸で長い1音を作った。

「フム……」

その1音が合図。

全員の息のズレがぴたりと噛み合い、縮こまっていた心のひもがすっと伸びる。


最後の小石がころんと止まり、水膜がしゅんと揺れる。

祠の鈴が自分から鳴った。

川の一角がレンズみたいに凪ぎ、海へ通じる扉みたいな一瞬の凪が差し込む。

海の間が、ほんの一瞬だけ開いている。

耳の底に、低く澄んだ声。

『拍は合っている。来い。サガール島の沖へ』


アンは尾を上げ、息をひとつにまとめる。

「道は待たん。うちらが描く」

りうの口角が少し上がる。

「丁寧に速く。ここで決めるぞ」

ルナは親指グーを返す。

「怖さは置いていこう。いるのは合図だけ」

あんこは端末を耳へ。

「連絡線、私がつなぐ」

リョーマは肩をぐるり。

「正面から行くがよ」



崖上では、子どもたちがいっせいに親指グー。

ニコニコ税の領収書は今日も満額。

ビノードが声を張る。

「朝の鍋、もう1ついけるぞ!」

アンが笑う。

「ほな“出港前のひとくち”だけ。焼かんで通した後は、甘いので心を満たそ」

ディーバが祠に頭を下げ、こちらへ視線を移す。

「10課の続きは、海でやれ。息と拍が合えば、どこでも道になる」

アンは深くうなずいた。

「鈴の10課、心得た。つづきは航路で」

金属の底で、いつものコンが1回だけ鳴り、船首は朝の薄金へすべり出した。

谷の音は、もう怖くない。

ほどく/切る/守るの3つが、胸の真ん中に座っている。

次の港は、サガール島沖。

そこに“インド洋の長”へつづく扉がある。

アンは振り返らずに言う。

「海からでも、川からでも、道がなくても行く。うちらは“渡す側”や」

桟橋がゆっくり遠ざかる。

〈シバ・ゼロ〉のライトマストが2-1-2で点いて、消えて、また点く。

金属の底で、出港のコンが1回だけ鳴った。

屋上では、子どもたちがいっせいに親指グー。

ビノードが紙コップを掲げる。

「にこにこ税、今日も満額!」

アンは尾を1回だけ上下させた。

「焼かんで通した後は、甘いので心を満たそ。行ってくる」

祠の前で、ディーバが短く祈りをのせる。

「息と拍を忘れるな。ほどく、切る、守る。帰りの席、空けとく」

谷風が背中を押す。

川音はやがて潮の息に変わった。

船は夜の色を抱えたまま、ゆっくりと下る。

1晩目は山の影。

星が近く、呼吸の拍がよく響く。

2晩目は平野の匂い。

川面が広くなり、灯りが左右に赤と緑で並ぶ。

3晩目、潮の匂いが濃くなった。

海鳥の声、遠い雷のような低い鳴り。

アンは胸のチャームにそっと触れる。

「ママ、待っとき。うちは行く」

朝の手前。川と海の境目で、水面が一度だけ静かになる。

ルナが低く合図。

「面、薄く。音は外へ逃がす」

りうが舵を微調整。

「丁寧に速く。右へ半歩」

リッチーは輪を指にかけ、息をそろえる。

灯台の明かりがうす金に変わり、水平線に淡い帯が走った。

前方、海の気配がぐっと近づく。

ライトマストが2-1-2で応える。


つづく