オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第34話:待っときやカメポン(インド洋編 完)
〈シバ・ゼロ〉はすぐさまそのポイントへ向かった。
ただし、大きく潜るのは得意ではない。
そこで、一隻のサルベージ船が前に出た。
船体には「真砂」と描かれていた。
甲板には、縄とウインチ、クレーン。
その先端に、日焼けした男が立っている。
「真砂レン船長。呼ばれた気がしてな」
レンが軽くキャップに手をやる。
その隣には、フィールドノートを持ったミヤがいた。
「仁科ミヤ。深海の遺物は専門ですが……今日は“生きてほしい遺物”ですね」
アンが甲板から身を乗り出した。
「レン、ミヤ! 来てくれたんか!」
レンが短くうなずく。
「命綱は多い方がいい。見つけたら、必ず引き上げる」
サルベージ用のワイヤーとカメラ付きの小型探査機が、海の底へと降りていく。
モニターには、暗い海底が青白く映し出された。
砂。
崩れた岩。
そして巨大な白い塊。
「……岩?」
若いクルーがつぶやく。
ミヤが目を細めた。
「違う。甲羅です。カメの。しかも、かなり古い種に近い形……」
アンの喉が震える。
「カメポン……?」
探査機が近づくと、白い塊の表面に、小さな傷のような模様が見えた。
その一部が、かすかにトン、間、トン・トンと震えている。
「2-1-2や」
りうが言う。
「あいつ、まだ中で拍打っとる」
レンがすぐに指示を飛ばす。
「ワイヤー2重。甲羅の縁を抱えるように回せ。雑に扱うなよ、これは“世界の宝”だ」
慎重に、慎重に。
白い塊が、少しずつ海面へと引き上げられていく。
やがて、『どっぷん』と大きな音を立てて、海面を破った。
〈シバ・ゼロ〉と真砂の間に、巨大な“白い島”のようなものが浮かぶ。
アンが甲板から飛び移り、白い塊に前脚を押し当てた。
「カメポン……アンや。帰ってきたで。返事してや」
返事はない。
鼓動も感じられない。
ただ、石みたいに冷たく固い。

ルナが静かに診る。
「完全に“石の眠り”に入ってる。体そのものは壊れてないけど、このままだと何十年、何百年単位で、眠り続けるかもしれない」
ミヤがノートを開いた。
「古い記録にあります。アトランティスの守護獣は、命を賭けて海を守ったあと、“石の殻”になって眠る。その殻を解くには、特別な“角”が必要だ、と」
あんこが、すぐに食いつく。
「どんな角?どこにある?」
ミヤはページをめくりながら、短く答えた。
「北極海の長“セナ・アトラ”。その傍らにいる白いイッカク海のユニコーン。その角が、石の眠りを解く鍵になる。ただし、角を折るのではありません。“借りる”だけ。セナの許しと、イッカクの納得が必要です」
アンが白い甲羅に頬を押し当てる。
「また旅やな、カメポン。今度はアンが、おまえを迎えに行く番や」
リッチーがヴァジュラを軽く鳴らす。
「雷はいつでも撃てる。でも今回は“起こすための雷”やな」
ルナがうなずく。
「生き返らせるんじゃない。“目を覚ましてもらう”。そのつもりで行こう」
レンが腕組みをした。
「北極海は簡単な場所じゃない。氷と嵐と、見えない流れ。けど、今さら怖いなんて言ってられんよな」
りうが口角だけ上げる。
「怖がるのはええ。でも止まる理由にはならん。丁寧に速く。次の長(セナ)のところまで、一気に行くで」
アンは最後にもう一度、白い甲羅を軽く叩いた。
「待っときや、カメポン。アンの“ただいま”は、ちゃんと2-1-2で届けるさかい」
白い甲羅は静かなままだったが、胸のチャームが、かすかに同じリズムで鳴った気がした。
トン、間、トン・トン。
そのころ、はるか深海の谷。
双頭になった海竜が、ゆっくりと身をうねらせる。
右の単眼が、遠い光をにらむように細くなり。
左の銀の目が、冷静に海流を計算していた。
「人の船は増えすぎた」
「鉄の鯨、空飛ぶ目。どれも海を侵しすぎている」
「海は海竜のもの。陸からの侵略は、ここで終わらせる」
「恐竜の血は、まだ地球を諦めていない」
二つの声が、ひとつの結論に落ちていく。
「まずは北極の長“セナ”を折りに行くか」
「氷の頂点を崩せば、海の秩序はすぐに変わる」
巨大な尾が、深海を打った。
その振動はやがて、遠い北の海へと伝わっていく。
〈シバ・ゼロ〉の甲板に戻る。
白い甲羅は、柔らかい布と網で大事にくるまれていた。
りうが号令をかける。
「行き先、北極海。目的、イッカクの角を“借りる”こと。条件はひとつ。誰も傷つけない。氷も、角も、命もや」
アンがうなずき、前を見すえる。
「海からでも、川からでも、道がなくても行く。
カメポン、アンはあきらめへん。うちらは渡す側や。今度は“希望”を渡しに行こ」
ライトマストが、トン、間、トン・トンで点る。
船底から、いつもの“コン”が1回鳴った。
拍は、そろっている。
トン、間、トン・トン。
〈シバ・ゼロ〉は北を向き、静かに、それでも迷いなく進み始めた。
インド洋編 完
