オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第29話:ずるい言い方すな…そんなセリフ
ニーズヘグの黒い渦が、こちらへ牙をむく。
「進化ノ真似ゴトカ。小サキ亀ガ、海竜ニ 触レルツモリカ」
「触るだけちゃうわ。がっつり組んだる」
アンが吠える。
「リッチー!」
「雷担当、受付中や!」
リッチーがヴァジュラを高く掲げる。
ハンマーヘッドの背で構え、ニーズヘグのブレスに正面から突っ込んだ。
黒い光線が雷の殻にぶつかる。
キィン、と高い音がして、殻の内側に光がたまっていく。
1発、2発、3発。
攻撃を受けるたびに、輪の中で稲妻が太くなっていく。
「ためて、ためて…」
リッチーの歯がかちかち鳴る。
「まだや、まだおかわりいける…うちらの分、まとめて返金や…!」
限界ぎりぎりまでため込んだところで、リッチーは叫んだ。
「倍返しや、受け取れニーズヘグ!ヴァジュラ、フルチャージ!」
稲妻が輪から飛び出し、ニーズヘグの胴体に沿って走る。
黒い鱗の隙間をぬい、神経みたいな細い線を一気にさかのぼる。
ニーズヘグの体がビクリと跳ねた。
その一瞬で、足元の龍石の光が少し弱まる。
「今!」
りうが叫ぶ。
「頭、押さえろ! 蛇とやるときは、頭を狙うのが鉄則や!」
「任せて!」
カメポンが巨大な前足で水をかき、ニーズヘグの頭上に回り込んだ。
体当たりの勢いで、そのまま首に自分の体を巻きつける。
アーケロンとなったカメポンの甲羅が、ニーズヘグの頭をがっしりはさみ込んだ。
単眼が、ぎりぎり見える角度で動きを封じられる。

「ルーシー!」
アンが叫ぶ。
「歌、もう1段階! 攻撃止めとく!」
ルーシーと半魚人たちが、アトランティスの古い歌をもう一度強める。
今度は“封じ”に全振りだ。
歌の拍が、ニーズヘグの体をまとっていた黒い“攻撃の線”を、ひとつずつほどいていく。
「…チッ…動キガ…鈍ル…」
ニーズヘグが歯をむいた。
「そのまま、海の底まで送ったる!」
カメポンが、アンを頭に乗せたまま、下へ向かって体を倒し始める。
「待て、カメポン!」
アンが叫ぶ。
「そんな深く行ったら、戻ってこられへんかもしれへん!」
カメポンは、少しだけ首を上に向けた。
アンと目が合う。
「ママ。ぼく、ママの頭の上に戻りたい。せやから、絶対戻る。でもそのためには、一回“底”まで行かなあかんみたいや」
アンの目尻に、海水とは違うしょっぱさがにじんだ。
「ずるい言い方すな…そんなセリフ、断れるわけないやんか…」
アンは震える声を、ぐっと押さえ込む。
「わかった。行け。うちは上で道つないどく。帰ってくるための“拍”は、絶対切らへん」
カメポンがうなずいた。
そのまま、ニーズヘグの頭を抱え込んだまま、海の底の“古い穴”へ向かって落ちていく。
黒い渦と、大きな甲羅がからみ合いながら、深く、深く。
「カメポン!」
モモの声が、洞くつのあちこちから響く。
「アンちゃんのカメさん、がんばって!」
半魚人の子どもも、センチネルの少年も、
みんなが手を合わせて祈るみたいに拍を刻んだ。
トン、間、トン・トン。
ルーシーも歌のリズムをそこに合わせる。
深みの方で、一度だけ大きな光が弾けた。
黒と緑と金の光が渦を巻き、それから、すっと消える。
洞くつの龍石の光が、一気に色を失った。
ただの石の塊に戻り、ぱきんと静かな音を立てて、あちこちで割れていく。
単眼も、跡形もなく消えていた。
「勝った、んか…?」
リッチーが息を荒くしながらつぶやく。
アンは答えなかった。
ただ、深い底の方を見つめていた。
その時。
海の底の暗闇から、小さな泡がひとつだけ上がってきた。
ポコン。
耳の奥で、コン、と小さな音が鳴った気がした。
「…カメポン」
アンの尻尾が、かすかに揺れた。
「約束やからな。帰ってくるまで、うちはずっと“席”あけて待ってる」
つづく
