オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第17話:スサノオ降臨、もう一段行けぇぇ
ディーバが2-1-2で吸い、間を置き、吐く。
真言の余韻が拍に重なる。
白い息の輪がこちらへ届くたび、喉の詰まりがほどけ、肩の冷たい輪が一段ずつ緩む。
指先に温度が戻り、膝に力が宿る。
「……動く」
ルナが手首を握り、ほっと息をもらした。
「助かったで。借り、一生分返す覚悟はできとる」
アンがかすかに笑い、前脚に地を噛ませる。
「礼はあとや。人質が先」
ディーバは目だけで合図した。
半魚人が気づいて、単眼をこちらへ向ける。
谷の水がざわりと鳴り、背後の龍石が青黒く脈を打つ。
石の中から低い唸りがにじむ。
ディーバが1歩前に出る。
前脚が土を軽くたたく。
「火は線で切る。水は面で守る。誰も焼かない、誰も沈めない」
「オン・マニ・ペメ・フム」
オンで空気がやわらぎ、マニで火が1本の線に細く立つ。
ペメで水の幕がふわりとひろがり、フムでそれを地面に固定した。
炎は進路だけを切り分ける鋏みたいに走り、熱は高いが当てない。
水の幕は人質の穴の入り口ぜんぶを覆って、飛沫や崩れた小石を受け止める大きな手になった。
「こんな芸当、聞いたことないわ」
りうが目を細める。
「訓練は裏切らん。真言も息も、使いこなせば道具や」
ディーバは短く返す。
アンは一滴も飛ばさへんと腹を決め、火線の角度を詰めた。
子らの横穴は通行止め。
道は自分が引く、と尻尾で合図する。
アンの胸、十拳剣のチャームが「コン」と小さく鳴った。
脈がもう一拍あがる。
「アン、胸が光ってる」
ルナが息をのむ。
「行けるか」
りう。
「行けるわ。
スサノオォォ降臨!
もう一段行けぇぇ」
目の奥の痛みは自分がほどく。
焼かへん灯りで、埋められた記憶をそっと呼び戻すとアンはそう決めて、息を合わせた。
アンの喉奥に、あたたかい灯がともる。
柴閃の回路が切り替わり、焼かない光に形を変える。
「真実の光。出力は低く、心には深く」
アンが一歩踏みこみ、光をひと筋。

半魚人の単眼の奥に、波打ち際の村、家族の笑い声、潮風の匂いがふっと浮かぶ。
その上に、黒い影がぬめり込んでくる。
長い胴体、底なしの視線。
「……ニーズヘグ」
リョーマが唸る。
黒い影は心の拍にひっかける鉤みたいに、記憶の上から指図をかけていた。
「思い出せ。あんたらの“最初の名前”や」
アンが光をもう一段強める。
焼かない、でも目をそらせない強さ。
ディーバは口を閉じ、胸で長い1音を作る。
「……フム」
フムの長音が静かに広がり、半魚人たちの脳の足並みを外す。
黒い鉤が、ぷつ、ぷつ、と切れていく。
「逆拍の鉤、外れかけた。合わせろ2で吸って、1で止めて、2で吐く」
りうがテンポを打つ。
「怖いは合図。目を閉じて、私の声だけ聞いて。…そう、戻ってきて」
ルナが胸の前で手を重ねる。
「単眼を切る隙ぁ一呼吸ぜよ。今、退け!」
リョーマの声が刃になる。
「あたし回線生きてる。人質側、静かに後退。祠側は私が誘導する」
あんこが短く指示を飛ばす。
「冷たい指が……離れた」
半魚人のひとりが、道具を落とした。
「今や。武器はいらん」
りうが身体をひねって間合いを作る。
「頭上げろ。ここは働かされる場所やない」
リッチーは人質側へ回り、ネパール語で短く叫ぶ。
「下がって、目ぇ閉じて。すぐ終わる」
水の幕がもう一段厚くなり、火の線が退路を切る。
半魚人たちは採掘具を投げ捨て、1歩、2歩、光の外へ出た。
掘らされる夜は今で終いだ。
アンは踏み込んだ火の線をすっと収め、そこで戦いの区切りをつけた。
つづく
