オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第22話:あんたらも来るか
りうが顎を引く。
「丁寧に速く、や。ヴァル、教えてくれ。北センチネルへ入る海の通り道、入口と拍の合わせ方」
ヴァルは槍の輪を一度だけ鳴らし、水面へ図を描く。光の粒が線になってほどけていく。
「ここから南南東。サガール島沖の浅い棚を越え、潮の縁で東へ折れる。潮が速い場所は拍を薄く、ゆるむ場所は拍を深く。入口の目印は海底に並ぶ白い石の上に凪いだ丸い面が現れる。そこが海の間。君らの拍なら開く」
ヴァルは続ける。
「もうひとつ。島の人々には近づくな。君らの目的は、連れ去られた者の救出と、黒い流れの元を断つこと。海の仲間は手を貸す。潮と風が押し、魚の群れと鯨が合図で道を示す」
その言葉に合わせるように、艫側でイルカが二頭、弧を描いて跳ねた。
群れる小魚が矢印みたいに進路を描く。
アンが尾で合図。
「誘導棒はヒレやね。空港より親切やわ」
りうが海面に声を落とす。
「あんたらも来るか」
波の陰から単眼の影がいくつも浮かんだ。
先日、正気を取り戻した半魚人たちだ。
単眼はもう冷たい鏡じゃない。
代表が水の上で胸に手を当てる。
「我らも海底の通りを知る。道の手入れと、崩れの見張りは任せてくれ。あの黒い声に二度と心を渡さぬよう、今度は我らが前に立つ」
アンがうなずく。
「次は“やさしい目つき講座”や。単眼でも優勝いける」
代表は短く笑って潜った。
ルークが肩をすくめ、海へひと言。
「目ぇ覚めた仲間は、もう道具やない。心は自分らのもんやで」

あんこは端末に指を滑らせる。
「連絡線はこっちでつなぎ続ける。島の外で待つ避難船も手配済み。国際ルール順守、陸地は踏まないルートでいくよ」
リョーマが肩をぐるり。
「正面から押し返すがぜよ。けんど、刃は出し過ぎん。守るもん、多いき」
アンは胸のチャームを軽くたたく。
「ママ、待っとって。うちは行く。絶対、連れ帰る」
ヴァルは槍を立て、海へ先端を向けた。
琥珀色の光が穏やかに明滅する。
「拍は合っている。行け。戻る場所は、いつでもここにある」
リッチーが前脚を立ててニカッ。
「帰港サインは“にこにこ税”の領収書提出でな」
北センチネル島へ向かう前に、ヴァルが念を押す。
「島は“入ってはならぬ”場所だ。外の者が勝手をすれば、命も文化も壊れる。矢が飛ぶのは敵意だけではない。守るための矢だ。陸には決して上がるな」
りうがみんなを見回す。
「矢は避ける。けど“矢印”は歓迎や。道しるべとして受け取ろ」
アンがうなずき、甲板に声を通す。
「焼かずに通す。切るのは道だけ。守るのは仲間と、人の暮らし」
ルナが指差し点検で笑う。
「雷よし、笑顔よし、親指グーよし。出港」
ルークが最後の一言を噛みしめる。
「黒い王サマ、余裕はここまでや。さっさと幕引きや。うちらが道を開けて、人を返してもらう」
ライトマストがトン、間、トン・トンで点り、〈シバ・ゼロ〉の底で“コン”が一度だけ鳴る。
船首は南南東へ向き直った。
潮の縁で東へ折れれば、海の間の入口が近い。
同じころ、東京。
官邸の危機管理室に、衛星と無人機の画像が立て続けに入る。
インド洋周辺の核保有国が「海竜ニーズヘグ討伐」を名目に艦隊を動かし始めたという情報だ。
秘書官が低い声で報告する。
「総理、複数の国が演習名目で接近。偶発衝突の危険が高まっています」
高杉サチエ総理は短く息を整える。
「関係各国に即時照会。海難救助と民間人保護を最優先、単独行動の自制を求めて。それから、〈シバ・ゼロ〉の進路には干渉しないで。水上は静かに空ける」
秘書官が頷き、微かに口元をゆるめる。
「合図は“親指グーの長文版”で周知します」
海へ戻る。
風が一段深くなる。
遠くで鯨が吐いた息が白い塔になり、群れた魚が光の矢印を描く。
イルカが再び弧を描いて跳ね、半魚人の影が潜りながら通り道の石を指さす。
アンが前を見据える。
「海からでも、川からでも、道がなくても行く。うちらは渡す側や」
リッチーがヴァジュラを肩にかけ、歯を見せて笑う。
「雷、預かった。景品は“みんな無事”。悪い連中には、ちょい痛い目や」
ルナが深呼吸。
「怖さは息で外に出す。合図だけでいい。絶望は、もう通り過ぎた」
りうが短くまとめる。
「丁寧に速く。好き勝手は、ここで終わり」
リョーマが大地を踏み鳴らすみたいに前脚を置く。
「真っ向勝負や。覚悟はええか。行くぞ」
拍はそろっている。
トン、間、トン・トン。
船は答えるように、静かに、速く進んだ。
つづく
