オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第21話:外の者を受けつけない北センチネル島
〈シバ・ゼロ〉が湾口を抜けたとき、風向きがふっと変わった。
水面が小刻みに打ち、細かな金の粒が波といっしょに跳ねる。
円がひとつ、ふたつ。
中心がわずかに盛り上がる。
リッチーが鼻先で風をなめる。
「海、ノってるな。今日のDJは風さんやで」
アンは短く息をまとめた。
「道は待たへん。うちらで描こ」
扇のように広がる影が水から立ち上がった。
深い青の体に、金と銅のきらめき。
胸の渦模様は呼吸に合わせて満ちたり引いたりをくり返す。
手には先が三つに割れた槍。
先で光が集まり、こぼれる。
「海の長、ヴァルヌ・アトラ」
りうが低くつぶやく。
リョーマが肩を回してぽつり。
「扇の殿…うちの団扇より風、強そうじゃ」
遠雷が間を置いて鳴り、水面のビートが落ち着いた。

ヴァルは視線をめぐらせ、まず頭を下げた。
「谷の結び目を解いた拍(リズム)、聞こえていた。短い合図で、よくここまで来た」
あんこがアンの横で小声。
「確認だけ。涙腺は安全装備オフ…よし、行こ」
アンは一歩前に出る。
胸の小さなチャームがかすかに鳴った。
「お願いがある。うちのママと家族を助けてください。黒い海竜に連れ去られて、今もどこかで働かされてるみたいや。海の力を貸してほしい」
ヴァルの胸の渦が、ふっと静まる。
「名はニーズヘグ。黒い流れを走らせ、心の拍に鉤をかける。あれの隠れ家はベンガル湾の奥、北センチネル島。外の者を受けつけない島の人々が暮らす場所で、上陸は法律で禁じられている」
アンは不安を隠せず、聞く。
「法律で禁じられているから、手出しでけへんってことか?」
「近づいた者が弓矢で撃たれたこともある。彼らは守られるべき島の人々だ。陸へは上がるな。海の下に通り道がある。そこから囚われた客船の人たちと、君の家族を外へ出せ」
甲板の空気がきゅっと締まった。
決戦前の一言が、順に落ちる。
ルークが短く息を切り替え、低く笑う。
「黒い影、ここで終いや。世界を勝手に見限るの、もうやめとき」
リッチーは、牙をのぞかせる。
「みんなの明日、この肩で守る」
アンは尾を高く。
「何が海の王や、笑わすわ。うちらは道を渡す側。奪われた分、全部取り返す」
あんこは端末を握り直す。
「火種はここで消す。ルール破りには、法と正義で“きっちり”いこ」
ルナは目を細め、呼吸をそろえる。
「恐怖で人は縛れないよ。しつこい闇は、面で受けて流すだけ」
りうは顎を引く。
「真っ向勝負や。踏み込みの速さは負けん。前をふさぐもんは砕く」
リョーマが短く吼える。
「蛇は頭を狙うが鉄則ぜよ。ワシを踏み潰せる思うたら大間違いや」
リッチーが身をのり出す。
「助け出す力、もう一押しほしい。守って、切り開いて、連れ帰るための手を」
ヴァルは三叉の槍を軽く回し、甲板に丸い光を落とした。光は渦を描いて固まり、厚みのある輪になってリッチーの前で止まる。
輪の内側には小さな稲妻が走っては消え、息みたいにふくらんだりしぼんだりする。
「これはヴァジュラ。言いかえれば“雷の槌”だ。受けた衝撃や攻撃を殻にため、合図ひとつで倍返しにして撃てる。もうひとつの働きは雷の殻。仲間のまわりに半透明の守りを張り、熱や衝撃を薄めて流す」
あんこが即ツッコミ。
「落雷保険、付帯してます?」
リッチーは輪に前脚をそっと当て、ニヤリ。
「返金不可の“倍返し”受け付け開始や」
「試すか」
ヴァルが水面を指で弾く。
うねりが甲板に向かって小さく立つ。
リッチーは輪を肩へ引き寄せる。
殻がふっと広がり、波の力を丸く受け取って甲板の縁で止めた。
「返す」
輪の内側が一瞬だけ明るくなり、稲妻が高く跳ね上がって空へ散る。
音は小さく、風だけが震えた。
ヴァルの口元がすこしゆるむ。
「合格だ」
そのとき、甲板の小さな鈴がコロンと鳴った。
風がひとすじ、山の方向から走ってくる。
『合図は短く、手は丁寧に。困ったら、短い祈りの言葉に合わせて息を刻め。オン、マニ、ペメ、フム。拍はトン、間、トン・トン』
ディーバの声が細い糸になって届いては消える。
カトマンズの祠からの、遠い伝言だ。
リッチーが耳をぴくり。
「祠Wi-Fi、今日も感度ええな」
ルナが笑う。
「通信料ゼロ。祈り回線は最強」
つづく
