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柴探偵アン 第2話:夜のドッグカフェと消えたチーズケーキ

「この町には、たくさんの香りがございますわ」

「おやつの香り、恋の香り、そして――秘密の香り」

「わたくしの尻尾は、真実の匂いにだけ、反応いたしますのよ」

夜の静けさが、町をゆっくりと包んでいく。

灯りが灯りはじめた商店街の一角に、小さなドッグカフェがある。

その名も「ドッグカフェ・ルビィ」。

看板犬のホワイトシェパード、ルビィの名前を冠した店だ。

今日も店の一角では、看板犬のルビィと、名探偵アン赤い蝶ネクタイがトレードマークの小柄な柴犬が、なにやら静かにお茶をしていた。

「……ルビィ。わたくし、また昨晩、見てしまいましたの。あの散歩道の夢を」

アンがぽつりと漏らす。

その瞳には、わずかな震えと、遠くを見つめるような光が宿っていた。

「ご両親のことね……」

ルビィが低い声で答える。優しいが、芯のある口調だった。

「わたくしの父と母は、ある日、散歩中に突然苦しみ倒れましたの。獣医は“偶然”と申しましたけれど……でも、あの散歩道には、農薬の匂いが残っていたのですわ。わたくしの鼻は、誤魔化されませんでしたのよ」

「それが……あなたが探偵になった理由なのね」

アンは静かにうなずいた。

「いつか必ず、真実を突き止めてみせますわ。そのためにも、この町の“謎”はすべて――わたくしが嗅ぎ分けますの」


店内では、常連のわんこたちと、店員の犬飼ゆずきが、にぎやかに後片付けをしていた。

「ふう……今夜の目玉は、やっぱり特製チーズケーキだったなあ。あれがあるだけで、みんな笑顔になるから……」

ゆずきがにこやかに冷蔵庫へ向かう――しかし。

「……あれ? ない……チーズケーキが、ない……!?」

その声が、店内の空気をぴんと張り詰めさせた。

「えっ、どういうこと?」

奥から現れたのは、三毛猫のチャチャ。

スレンダーな体に、金の鈴付きの首輪がきらりと光っている。

「今日の夜用に取っておいたはずの、看板スイーツが……跡形もなく消えてます……! どうして……あのケーキ、何日もかけて準備したのに……」

ゆずきの肩が震えた。そこにはプロの誇りと悔しさがにじむ。

「なるほど……事件、ですわね」

アンの瞳が鋭く光った。



現場は冷蔵庫。
鍵は施錠されており、出入りは店員しかできない構造。

にもかかわらず、中のチーズケーキは一切残っていない。

「冷蔵庫の鍵は朝からずっと閉まっていたし……犯人は中から消したの?」

「いや、それよりも……これは“冷気”の流れに違和感がございますわ」

アンは冷蔵庫内の空気をそっと嗅ぎ、続いて扉のパッキン、床の匂い、店内の空気へと、鼻先を忙しく動かしていく。

「アンちゃん、まさか……」

「ええ。冷蔵庫の冷気が、どこか別の場所に引っ張られていた痕跡がございますの」

「空気の流れか……」

ルビィが低くつぶやく。

「匂いは、時として証拠より雄弁ですものね」

アンはカウンター裏の古い排気ダクトを指し示す。

「ここから、匂いが逃げておりましたのよ。犯人は……冷気とともに“香り”を移動させたのですわ!」

「犯人は、まさか、店の外から……?」

チャチャが細めた目で窓の外を見つめる。

――一瞬、静寂が訪れた。

「……この匂い、まさか……! わたくしの推理が導く真相はただひとつ!」

その夜、ドッグカフェの裏庭で――

物陰から、きらきら光るクリームの残り香を漂わせていたのは、まさかの大型犬・ボルトだった。

「うう……だって、美味しそうだったんだもん……冷蔵庫の匂いが、ここまで来ててさ……耐えられなかったワン……」

「……またですのね、ボルト。前もカップケーキをつまみ食いしようとして、鼻先をケーキ型にはめていたじゃありませんの」

「うぅ……あれは誘惑に負けただけで……甘い香りって、罪だよね……」

冷却パイプの緩みによって、匂いが排気ダクトを通り、裏庭に流れ込んでいた。

それに気づいた甘党のボルトが、飼い主が目を離した隙に窓をこじ開けて――

冷蔵庫から、チーズケーキを一口で食べてしまったというのだ。

「ボルト……あなたのその胃袋、ある意味で犯行の凶器ですわ」

「うぅ……ごめんワン……もうケーキ抜き生活で……反省するワン……」



「ふう……まさか、こんな展開になるとはね」

チャチャが軽く尾を揺らしながら、アンに言う。

「けど、やっぱり……情報は匂いより、空気にあるのよ。今夜もあんたの尻尾、なかなかの働きだったわね」

「ありがたく褒め言葉として受け取っておきますわ。バカね、猫って」

「言い返すなっ!」

「ふふふ……わたくし、真実を追うのに忙しいのですもの」

「まったく……ふん、犬のくせにやるじゃない」

ルビィがにっこりと微笑む。

「アン、ありがとう。ゆずきのケーキは確かに消えたけれど、あなたが守った“信頼”は、何より甘くて価値があるわ」

ゆずきも笑いながら手を合わせた。

「ありがとう、アンちゃん。次は“ボルト用のケーキ”も考えておきますね♪」

チーズケーキは消えたが、真実はアンの尻尾が暴いた。

「この町の小さな事件にも、大きな真実が隠れておりますわ」

その夜も、ドッグカフェの看板の灯りが、そっと町を照らし続けていた。

To Be Continued…