オーシャン・ドッグスⅡ🐶 第31話:子どもたちが見ていますよ あなた方の選択を
「りう、SNSの準備。“世界一周柴犬アカウント”、本気出すで」
りうがすばやくデッキに駆け上がる。
濡れたバンダナを絞り、端末を防水ケースに放り込んだ。
「配信開始。
タイトル、“ニーズヘグと核なんていらん話”。
アン、カメラこっち」
アンが、涙で少しだけ赤くなった目をこすり、画面の方を向く。
背後には洞くつ、かろうじて光る海、ユズキやモモたちの姿。
アンが子供たちに向け短く言葉を選ぶ。
「世界中の子どもたちへ。
今、インド洋の海の底で、うちらは海竜と話して、戦って、“渡す道”を守ろうとしてる。
そこに核なんて落とされたら、海も島も、人も魚も、全部まとめて傷つく。
“怖いから、とりあえず一番強そうな武器”って選び方は、もう終わりにしてええやろ。
やからお願い。
お父さんお母さん、学校の先生、政治家、誰でもええ。“大事な人”に言うてほしい。
“核はいらん。
海も空も、子どもたちの未来も、ミサイルじゃなくて知恵と拍で守ってくれ”って」

配信画面のコメント欄が、一気に流れ始める。
「核やめて」
「海を守って」
「がんばれアンたち」
「センチネルの人を守って」
世界中の子どもたちが、スマホやタブレットの前で親指グーを掲げている写真が次々に上がる。
どこかの教室から。
どこかの避難所から。
病院のベッドの上から。

高杉サチエ総理のもとにも、そのライブ画面が届いた。
サチエは小さく笑ってつぶやく。
「世界一周柴犬、外交もできるのね」
各国の首脳会談の回線が、立て続けにつながる。
「子どもたちが見ていますよ。あなた方の選択を」
サチエは、いつもの落ち着いた声で言った。
「ここで核を使えば、“海竜より先に人類が自分で自分を壊す”という証明になります」
沈黙のあと、ひとつ、またひとつと「使用しない」の返答が返ってきた。
警戒態勢は残ったままだが、赤いボタンから指が離れていく。
海の底に、ルーシーの歌と、子どもたちの声が重なる。
「…聞こえる?」
ルーシーがアンにささやく。
「世界中から、“核いらない”って声が届いてる」
「そら、海竜より怖い圧やな」
アンが笑う。
「ニーズヘグもびっくりやろ」
ユズキが、アンの頭をなでながらつぶやいた。
「アン。あんたが“渡す側”になりたいって言ったの、
ちゃんと届いてるね。海の底から、世界中まで」
アンは、まだ暗い海の底を見つめた。
そこには、カメポンとニーズヘグが消えていった“古い穴”がある。
耳の中で、もう一度だけ小さなコンが鳴った気がした。
「カメポン。うちらも帰り道、つくっとくからな。お前の帰る席、ずっとあけとく。渡す側のイス、2匹分や」
海の上では、風が少しだけ向きを変えた。
遠く、リヴァイアサンの寝返りの気配が、またわずかに揺れる。
けれど今は、まだ目を覚まさない。
拍は、まだ続いている。
トン、間、トン・トン。
〈シバ・ゼロ〉の底でも、金属が小さく鳴った。
コン。
それは、次の航路と、帰り道が、ちゃんとどこかでつながっているという合図のように聞こえた。
つづく
