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アンと風太郎 義援金について考える

「なあ、風太郎」

「なんや?」

「義援金って、困ってる人を助けるお金やんな?」

「まあ、そうやな」

アンは首をかしげた。

「ほな聞くけどな」

嫌な予感がした。

アンがこういう顔をするときは、だいたい話が長くなる。

「家を20軒持ってる大金持ちがおるとするやろ」

「いきなり20軒かい」

「18軒でもええで」

「そこはどうでもええわ」

「そのうち、住んでる家が災害で半壊しました」

「うん」

「銀行にはお金いっぱいあります。ほかにも家あります。高級車あります。庭に犬専用プールあります」

「最後のはお前の願望やろ」

アンは無視した。

「この人にも義援金、出るん?」

「その災害の配分基準に
当てはまれば
対象になることはあるな」

アンの耳が立った。

「出るんかい!」

しばらく考えて、もう一度言った。

「出るんかい!」

「2回言うな」

「いや、大事なツッコミやから2回言うた」

アンには、どうにも不思議だった。

義援金と聞くと、

家をなくした人。

着るものに困っている人。

明日のごはんを心配している人。

そんな人のところへ、急いで届けるお金だと思っていた。

けれど、義援金の考え方は少し違う。

基本的には、その人がどれくらいお金を持っているかではなく、災害ごとに決められた配分基準に照らして、

「どんな被害を受けたのか」

をもとに配分される。

そこでアンが、また顔を上げた。

「ちょい待ち」

「今度はなんや」

「金持ちでも義援金
もらえるんやろ?」

「条件に当てはまればな」

「ほな、高級住宅が半壊したら、義援金もいっぱいもらえるん?」

風太郎がアンを見た。

「なんでそうなる」

「だって家、高いやん」

「家の値段に比例するわけちゃうで」

「1億円の豪邸やで?」

「関係ない」

「玄関だけで、うちの家より広いで?」

「知らんがな」

「トイレ3つ」

「知らん」

「お風呂にテレビ」

「知らん」

「庭に犬専用プール」

「またプール出てきたな」

アンは前足を踏ん張った。

「1億円の豪邸、半壊しました!」

「はい」

「修理代5000万円です!」

「はい」

「義援金5000万円ください!」

「出るかい!」

アンの耳がピンと立った。

「出えへんの?」

「義援金は、家の修理代を弁償する保険金ちゃうからな」

ここは大事なところだった。

義援金は、

「あなたの家はいくらでしたか?」

「修理にいくらかかりますか?」

と、住宅価格や実際の修理費に合わせて金額が増えていく仕組みではない。

災害ごとに決められた配分基準に従って、

全壊。

半壊。

死亡や行方不明などの人的被害。

そうした被害の区分などをもとに、対象となる人や世帯へ配られる。

どの被害を対象にするのか。

いくら配るのか。

1人単位なのか、世帯単位なのか。

具体的な基準は災害によって違う。

アンは考え込んだ。

「ほな、同じ災害で、同じ『半壊』の配分区分に入ったら」

「うん」

「1億円の家でも」

「うん」

「1000万円の家でも」

「家の値段が10倍やから義援金も10倍、とはならへん」

アンは目を丸くした。

「豪邸割増、ないん?」

「ない」

「大理石加算は?」

「ない」

「シャンデリア加算」

「ない」

「玄関にライオンの置物」

「もっとない」

「庭に犬専用プール」

「それもない!」

アンは少し安心した顔になった。

「なんや。義援金までセレブ仕様になるんかと思ったわ」

ここが、保険金との大きな違いでもある。

火災保険や地震保険などは、契約内容や損害の程度などに基づいて保険金が支払われる。

義援金は、それとは別物だ。

家を元通りに建て直すための損害補償ではない。

被災した人へ届ける、お見舞いの性格を持ったお金だ。

アンは首をかしげた。

「ということは」

「うん」

「豪邸に住んでる大金持ちでも、条件に当てはまったら義援金の対象になることはある」

「そう」

「でも豪邸やから、いっぱいもらえるわけやない」

「そう」

「家20軒持ってるから20倍」

「ならへん」

「修理代5000万円やから5000万円」

「ならへん」

「犬20匹飼ってるから20倍」

「犬の頭数から離れろ」

アンは大きくうなずいた。

「なるほど」

そして、もう一度首をかしげた。

「でもな」

「まだあるんか」

「お金持ちかどうかは調べへんの?」

「そこが次の話や」

アンは前足の間に鼻先を入れた。

「待ってや」

「なんや」

「ほな、通帳チェックせえへんの?」

「義援金を配るために
全員の預貯金や資産を
調べる仕組みではないな」

「家、何軒ありますか?」

「それで義援金の額を決めるわけやない」

「年収なんぼですか?」

「それで義援金の額を決める制度でもない」

「高級車、何台ですか?」

「それもちゃう」

「庭に犬専用プールありますか?」

「まだ言うんか」

「重要やのに」

「何にや」

理由の1つは、公平な基準で配るためだ。

そしてもう1つ。

被災した人、一人ひとりについて、

預金はいくら。

年収はいくら。

不動産はいくつ。

株はいくら。

そんなことまで調べ始めたら、とんでもない時間がかかる。

アンは顔を上げた。

「ただでさえ災害のあとで役所めちゃくちゃ忙しいのに?」

「そういうことや」

「そこへ資産調査まで追加?」

「大変やろな」

「通帳見て、不動産調べて、株調べて?」

「うん」

「役所の人、分身せな無理やん」

「忍者ちゃうからな」

ただし、ここで気をつけなければならない。

「義援金なら、どんな災害でも同じルール」

というわけではない。

災害ごとに義援金の配分基準は違う。

住宅の被害だけでなく、人的被害などが対象になることもある。

だから、

「半壊なら日本全国どこでも必ず同じ金額」

という話でもない。

アンが眉間にしわを寄せた。

「ちょっとややこしいな」

「災害ごとに確認せなあかんってことやな」

「ほなネットで『半壊なら絶対○万円!』とか見ても」

「その災害の公式情報を確認したほうがええ」

「犬の口コミサイトは?」

「ないやろ、そんなもん」

「ワンログ」

「食べログみたいに言うな」

そしてもう1つ、アンが見落としていた大事な点があった。

「なあ」

「なんや」

「義援金って、どれくらいで届くん?」

風太郎は少し考えた。

「すぐに全員へ配れる
とは限らへんな」

アンの目が丸くなった。

「今日振り込んだら、明日届くんちゃうの?」

「寄付した金が、そのまま明日どこかの家に振り込まれる仕組みちゃうからな」

実際、義援金は集まったそばから、寄付者と被災者を1対1で結んで渡していくわけではない。

被害状況の確認。

配分基準の決定。

自治体による申請受付。

対象者の確認。

振り込み。

そうした段階を踏む。

災害の規模や自治体の状況によって、支給までにかかる時間も変わる。

アンは前足を床に置いた。

「家なくなりました」

「うん」

「今日の晩ごはんありません」

「うん」

「子どもの着替えありません」

「うん」

「でも、被害確認して、配分決めて、申請して、確認して」

アンは眉を寄せた。

「腹減ってる子どもに
『ただいま配分基準を検討中です』
言うても、
お腹いっぱいにならへんで」

風太郎は答えなかった。

そこだった。

義援金が悪いわけではない。

公平な基準で、多くの被災者へ届けるための仕組みには、ちゃんと意味がある。

被災した人が、その後の生活を立て直していくためのお金になる。

でも、

「公平に届けるお金」

と、

「今日、必要なものを届けるためのお金」

は、同じではない。

アンは少し考えた。

「ほな、今日困ってる人を
助けたいときは?」

そこで選択肢になるのが「支援金」や、現場で活動する団体への寄付だ。

言葉は似ている。

めちゃくちゃ似ている。

「義援金」

「支援金」

アンは両方を頭の中で転がしてみた。

「名前、似せすぎちゃう?」

「それは俺に言われても困る」

「犬目線では、だいぶ紛らわしいで」

義援金は、最終的に被災した人へ配られるお金。

一方、支援金と呼ばれる寄付は、NPOやNGOなどが被災地で活動するためのお金として使われることがある。

たとえば、

食事を届ける。

水や生活用品を運ぶ。

子どもが安心して過ごせる場所をつくる。

医療や救護を行う。

家の片付けを手伝う。

必要な人へ必要な物を届ける。

つまり、

「この1万円を、被災した人へのお見舞いとして届けたい」

なら義援金。

「この1万円で、今日の食事や物資を届ける活動を動かしたい」

なら、そうした活動をしている団体への支援金という選択肢がある。

目的が違う。

アンの尻尾が動いた。

「おにぎりで説明して」

「またおにぎりか」

「日本一分かりやすい通貨や」

風太郎は仕方なく考えた。

「義援金は
おにぎりを買えるお金を
決められた基準で
あとから被災した人へ届ける感じ」

「ほう」

「支援金は
おにぎりを作る材料を買ったり
握る人を動かしたり
車で避難所まで運んだりする
活動を支える感じ」

アンの目が輝いた。

「それや!」

「分かったんか」

「めっちゃ分かった」

「ほんまか?」

「つまり義援金は
後からおにぎり代を渡す」

「ざっくり言えばな」

「支援金は
おにぎり部隊を出動させる」

「急に部隊になったな」

「炊飯器、点火!」

「戦争みたいに言うな」

そして、もう1つ。

義援金についてよく聞く、

「義援金は被災者へ届けられる」

という話。

ここでも注意が必要だ。

「被災者へ届けるためのお金」

と、

「すぐ被災者へ届く」

は同じ意味ではない。

「そこ、めちゃくちゃ大事やん」

アンが言った。

義援金として募集されたお金は、募集団体の災害救護活動などに使うための寄付とは区別されている。

一方で、実際に被災者へ配るためには、自治体側でも被害の確認や申請受付、振込などの仕事が必要になる。

「その仕事してる人の給料は?」

「義援金そのものから被災者への配分額を決める話とは別や」

「ほな義援金から、会議のお茶代500円引きます、とか」

「そういう話やない」

「高級幕の内弁当3000円」

「なんで会議が急に豪華になんねん」

「特上うな重」

「お前、会議より弁当が気になってるやろ」

アンは腕を組めないので、胸を張った。

ここまで考えて、ようやく分かってきた。

義援金には義援金の役割がある。

被災した人たちの生活再建を、広く支える。

それは大切なことだ。

高級住宅に住んでいるから金額が何倍にもなるわけではない。

資産家だから自動的に対象外になるとも限らない。

住宅価格そのものを補償する保険金とも違う。

そして、今日の食事を届けるための活動費とも違う。

だから、自分が寄付するとき、

「何をしたいのか」

を考えたほうがいい。

被災した人の、その後の暮らしを支えたいのか。

今日の食事を届けたいのか。

避難所の子どもたちを助けたいのか。

学用品を届けたいのか。

医療や救護活動を支えたいのか。

目的によって
お金の届け先は変わる

アンは床に置いてあった風太郎のおにぎりを見た。

「たとえばな」

「うん」

「目の前に腹減らした子がおるとするやろ」

「うん」

「うち、おにぎり持ってます」

「うん」

「公平に配るため、町内全員の空腹度を調査します」

「せえへんやろ」

「資産も調査します」

「なんでや」

「冷蔵庫にプリンが残っている家庭は対象外です」

「勝手に制度作るな」

「空腹度配分委員会を設置します」

「名前だけ立派にすな」

「第1回会議を来週開催します」

「遅いわ」

「議題は、おにぎりを梅にするか鮭にするか」

「もっと先に決めることあるやろ!」

アンはおにぎりを鼻先で押した。

「先に食べてもらったらええやん」

そのあとで、みんなをどう支えるか考えればいい。

今日のお腹と、

その先の暮らし。

どちらも大切だ。

だからこそ、寄付する側も、

「寄付したから終わり」

ではなく、

自分のお金に、どんな仕事をしてほしいのかを考える。

アンはおにぎりを見つめた。

「うちやったら子ども助けたいな」

「うん」

「今日ごはん食べられへん子が
おったら今日届けたい」

「うん」

「災害で怖い思いしてる子がおったら、安心して寝られる場所つくってほしい」

「うん」

「ほんで、家が壊れてしもた人には、そのあとの暮らしを立て直す助けも要る」

「そうやな」

アンは鼻を鳴らした。

「せやから、義援金があかんのやない」

「そうやな」

「義援金には義援金の仕事がある」

「うん」

「支援金には支援金の仕事がある」

「うん」

「保険には保険の仕事がある」

「そう」

「犬には犬の仕事がある」

「なんの仕事や」

アンは胸を張った。

「全部ちゃんと見張る」

「急にざっくりしたな」

「寄付する人が、どの仕事を頼みたいかや」

風太郎は笑った。

「ええこと言うやん」

アンは胸を張った。

「うち、柴犬やけどな」

「知ってる」

「税理士ちゃうで」

「それも知ってる」

「ファイナンシャルプランナーでもない」

「誰も思ってへん」

「義援金配分委員でもない」

「絶対入れたらあかんタイプや」

アンは、もう一度おにぎりを見た。

「ところで風太郎」

「なんや」

「このおにぎりは、誰に配分される予定なん?」

「俺」

「不公平や」

「俺が買うたんや!」

アンは風太郎の足元へ座った。

「配分委員会を開催します」

「参加者2名やないか」

「議長、柴犬アン」

「嫌な予感しかせえへん」

「まず資産調査します」

「なんの資産や」

「風太郎、おにぎり何個持ってますか?」

「1個」

「隠しおにぎりは?」

「あるか!」

「タンスおにぎり」

「腐るわ!」

「海外おにぎり口座」

「どこに預けんねん!」

アンは真剣な顔で審議した。

風太郎も黙って結果を待った。

「審議の結果」

「はい」

アンはおにぎりを見上げた。

「半分、被災しました」

「お前の胃袋にな!」