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07/18 ユニバのマリオ、地層の重み、そして三人称劇場

機会に恵まれて初めてユニバーサルスタジオジャパンを訪問した。
前々から期待をかなり寄せていたニンテンドーワールドは、その期待をも遥かに超えており涙することになる。

その感動の涙はどこから来たのか?
自分の中で何十年来マリオと過ごしてきた歴史の地層があるからかもしれない。Web 1.0 の頃には、スマブラのファンサイトの一つを運営していたほどである。
いやまてよ……、それは主たる理由じゃない。作り込み、特に「マリオの空間が本当にここにある」という存在感に圧倒されたのだ。

動くコインは宙に浮いているように見え、三つ並んでいることからもゲーム内そのものだ。ザコ敵たちも往復しながら動き回り、実に生き生きしている。
しかしそれだけじゃない。まだ自分が明文化できていない、あまりにも実在感のある何かを見落としている気がする。

……そうか、崖の切ってある様子がこっちを向いているから、衝撃を受けたのだ。

子どもの頃の記憶に焼き付いているマリオはほとんど全て横スクロールのものであった。3D を走り回るゲームや、球面の測地線を走り回るゲームも多く出た。しかしそんな近年でもなお、横スクロールの新作が新たに生み出し続けられている。

そのような横スクロールの画面を特徴づけているのは、マリオたちが踏みしめる高台の描写だ。
本来なら丘の斜面もあろうに、脳の CT スキャンの写真かのように不自然に切って描かれている。あるいは理科の教科書でよく見るとような断面図のようだ。
例えばスーパーマリオワールドが、切った崖をこちらに向けて描いている典型的な作品だ。

ただしこれは実は、理科の教科書のような模式的な断面図ではないことに気づかされる。実際に砂礫が露出しており、カメラがそれをとらえているのだ。
スーパーマリオワールドの通常面では崖の手前側にも足場があり、厳密な断面図であることが否定される。マップ画面でも高山の手前側が垂直に切ってあり、草むらのない茶色の砂礫がこちらを向いているではないか。

長い説明になった。要するにマリオの舞台をマリオの舞台たらしめている著しい特徴として、切ってあるかのように地層の露出した風景を挙げたい。

ユニバのスーパー・ニンテンドー・ワールドの構成は、土管をくぐると急にマリオらしい風景が現れてくるように設定されている。大津と山科の間のトンネルを抜けると東寺の五重塔が現れてくるかのように。
そのときに一番に飛び込んでくるのが、この切ってある崖なのだ。

もっと言えばこうだ。ユニバのニンテンドー・ワールドは、決してこのような足場をマリオ視点から描くわけではない。
マリオがシモテ(左手の舞台袖)からカミテ(右手の舞台袖)に駆け抜けた崖を、ゲームに対する我々の視点で描いている。左右に広がる壇上として、崖を我々観客席に向けているのだ。

マリオを追跡して、あるいはたまに強制的に、我々の視点は右から左に流れた。その意味では舞台というのも正確ではないかもしれない。
しかしいずれにせよ我々第三者は、マリオの歴史について地層と向き合う視点で眺めてきた。このような原風景を描いているのがニンテンドーワールドなのだ。

その崖はゲーム上の視野角とほぼ同じ大きさで現れ、ゲーム上の経験と現実の経験が緻密にシンクロされる。(ラブライブ!か!?)
さらに登場するオブジェクトが(マリオを等身大とした場合の)実際のサイズであり、これは模造ではない本物だと信じられる。
(余談だが、ある構造を異なるサイズで再現したもののことを我々は「モデル」と呼び、本物の構造と区別する。『科学とモデル』参照。)

このような装置のおかげで、ホンモノのマリオの舞台に自分たちが存在していることを疑う余地は全くなかったのである。

……ところでこの日の夜、こんな巨大な壁面がめったに存在しないからこそ感動が大きいのだという筋書きは、いい意味で裏切られることになる。ユニバからほんのひと駅手前の駅でのことである。
~~続く~~

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