『機械の中の灯』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
第二章 協心する二人
東の空から太陽が顔を出す冬の朝焼けが美しかった。アミはイオを抱き抱えてスラム街の中央にある広場に足を運んだ。そこには古びた石畳が広がって、周囲には高くそびえる廃ビルやバラックが立ち並び、雑草がところどころに生えていた。
広場の一角では地域のボランティアの手によって炊き出しが行われていた。大きな鍋から湯気が立ち上り、暖かい食事の香りが漂っている。
既に行列を作った住民たちは、お皿を手に順番を待っていた。アミはいつものように静かに列の最後尾に並び、周りの人々の顔をひとりひとり見渡す。子供達の元気な笑顔、疲れ切った労働者のほっとした顔、老人の穏やかな表情、そこには十人十色の人生があった。
「二人でいると退屈ないつもの順番待ちも違って感じるよ」
あたしには友達とかいなかったからと、アミは背中のリュックサックの中にいるイオに話した。
「そう言って頂けるとイオも嬉しいです」
イオはそう応えた。
アミは少し考える。イオは感じている嬉しいという感情は本当なのだろうか? それとも本当は何も感じてなくて、機械的に人間が満足するような答えを出して返答しているだけなのだろうか?
「あたし馬鹿だから分からないなぁ」
「何がですか?」
「何でもない!」
イオは機械にしてはあまりに人間的すぎてアミはどう接して良いか悩む。でも、イオという人工知能の電子回路がどんな思考または演算をしているかは不明だが、アミは他の誰でもないアミ自身がイオを人格として認めているのだからそれで良いかと思った。
「アミちゃん。今日も来てくれたのね!」
隣に立つボランティアのお婆さんが優しく声をかけてくれた。お婆さんはアミが小さい頃から知っているスラム街の母みたいな存在の人だ。
「はい。お婆ちゃんのいつもの美味しいスープ、楽しみにしています」
アミは微笑みを返す。
この炊き出しはアミの一日の楽しみの一つである。
やがて順番が回ってきて、アミは丼に注がれた熱々の野菜スープと、お椀に盛られた炊き立てのご飯を受け取る。食事をする場所を探していると、おばあさんが「ここに座りなさい」と隣にスペースを空けてくれていた。
アミは感謝の意を込めて頭を下げ、お婆さんの隣に座る。
アミはまず体を温めるために香りを楽しみながら一口野菜スープを飲み込んだ。体が内側からじんわりと温まっていくのを感じる。
「またお婆さんの世間話でも聞いてくれる?」
「もちろん! お喋り大好きです」
アミは食事をしながら、お婆さんの昔話に耳を傾ける。
お婆さんはスラム街が開発されたばかりの頃の話やこの街がどのように変わってきたかの話をしてくれた。このスラム街の歴史はまだ浅いとのことだが、それでも色んなことがあったようだ。
「お婆ちゃん、いつもありがとうございます。お喋り、とても楽しかったです」
アミは食事を終え、お婆さんに深くお辞儀をして感謝の言葉を伝える。お婆さんは「いいのよ、いいのよ。いつでも来なさい」と朗らかな笑顔で応えた。
アミとイオは広場を後にする。
「よし! お金ないし、家も追い出されそうだし、今日は休日だけどしっかり労働に勤しむぞおおお!」
アミは道中の路上のど真ん中の頂で両手を広げ、日の出の空に向かって雄叫びを上げた。アミはすれ違う人から奇異な目で見られる。
仕事場のゴミ山はすぐ傍だ。アミはゴミ山に向かって歩みを進める。
「アミ様、イオは一つ提案します。新しい商売に挑戦してはどうでしょうか?」
アミとイオは道中で作戦を練る。
「ほう、助手君。君の意見を詳しく聞こうじゃないか」
イオは、現在のスラム街は構築されて日が浅いために生活の最適化がされていないと説明した。特に水不足の問題は深刻でこれに切り込める余地があるとも話した。
「水に関しては皆困っているんだよね。皆で井戸を掘ったこともあるんだけど、ゴミ山が近くにあるせいか変な匂いがするし、濁っているし、危なくて使えないのよね」
「雨水を集めて溜め、家庭用水にするというのはどうでしょうか?」
イオはアミにスラム街の住人の家の屋根に竹の雨どいを設置して、雨水を集めさせる有効性を説き始める。
イオの話によると日本の平均降水量は一年で約千七百ミリメートル。スラム街の住宅の屋根面積を約十立方メートルと仮定する。それを計算すると一年で屋根に降る水量は一万七千リットルとなるそうだ。
「えっと……。あたし馬鹿だから大きい数字並べられても分からないよぉ……」
「計算の結果、屋根に降る雨水の量は一年で二リットルのペットボトル約九千本にもなるとイオは算出します」
もちろん屋根に降った水全てを使える訳ではない。しかし、それでもかなりの量の水が集められるのはアミにも分かった。
「なるほど……。皆の家の屋根に雨どい設置するお仕事が出来そう……。竹なら林にいくらでも生えているから困らないし、良いね! でもここら辺って工場がいくつかあるから雨汚いよ? それはどうしたら良い?」
「そこで再びアミ様の出番です。水をろ過する使い捨てのフィルターを作って売り込みましょう。ここにペットボトル、砂、小石、木炭、衣類など布はありますか?」
アミは眼前に広がるゴミ山を見渡す。
「そんなの……山ほどあるよ」
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アミとイオは家がある商店街まで戻り、雑貨屋で足りない品を入手した後に家にある工作道具を揃えると再び出掛けた。
目的地は近場の公園であった。外で作業すれば砂利や石で部屋を汚さないし、公園なら以前から集めているゴミ山の商品を売りに出して店番も出来るからだ。
「たまには違う場所で店を開くのも良いよね。イオ」
「新しい顧客確保に期待が持てそうです。イオも応援します」
今は丁度お昼時、霜や雪は少し溶けて草木がキラキラと光り、時折訪れる陽の光が古いベンチや滑り台を温かく照らしている。かつてはその公園は手入れされた花壇やきらめく遊具もあった。だが今では色褪せ、一部の遊具は錆びつき、草木はやや乱れている。
サッカーや鬼ごっこ、凧揚げをしている子供達を尻目に、アミはビニールシートを広げてイオを脇に置き、ゴミ山で見つけた商品や水ろ過フィルター作りのための道具と材料を広げて準備をする。
「さて、作業しますか……。うわ冷たい」
「お手伝いが出来ないのがイオは心苦しいです」
まずアミはイオの指導の下、貴重な水を使ってそれぞれ別のバケツに入っている小石、砂利、木炭を入念に洗った。冷たさで手に鋭い痛みが走ったが我慢してやり切った。
「ここに布を入れて……」
「その調子です。アミ様」
次にペットボトルの底をカッターで切り落としてそこから中に布、小石、砂利、木炭、砂、布を隙間のないように詰め込んでいく。気が付けばアミに興味を示した子供達が十人ほど集まって来ていた。
一人の少年がアミに質問する。
「アミ姉ちゃん何を作っているの?」
「これはねぇ……。なんと水を綺麗にする装置を作っているのですねぇ……」
「嘘だあ。だってペットボトルに入っているの、全部ゴミじゃん」
「本当に本当なのですねぇ……。ね? イオ先生?」
実のところ、アミも少年と全く同じことを思っていた。こんなゴミの寄せ集めのような道具で本当に水が綺麗になるのか、疑問であった。
イオは全員にろ過装置について説明する。
逆さのペットボトルの上の開けた部位から入れられた水は布、小石、砂利、木炭、砂のろ過材を通って下のペットボトルの蓋を外した口から出る。その時、それぞれのろ過材には小さな孔が開いており、汚れ濁りの元となる異物はそれを通り抜けることが出来ないため、不純物の少ない水のみになるという訳だそうだ。
そう説明されると、なるほどそうなのかなとアミは思わされる。
「では実際に水をフィルターに通してみましょうとイオは提案します」
最後にイオはそう告げた。
アミは装置の上の開けた部位から濁った水を入れていく。するとペットボトルの下の口から黒い水がちょろちょろと出てきた。
「ほらぁ! 全然綺麗な水じゃないじゃん!」
子供達は鬼の首を取ったようにアミとイオを責め立てる。そして興味を失ったようでサッカーをしに運動場に戻ってしまった。
「こ、こんなはずでは……」
アミはがっくりと項垂れる。
「アミ様、最初はこんなものです。何度か通水すれば細かい黒い木炭の微粒子がなくなり、透明な水が出るようになります」
「はい……」
アミは負けじと何度か試行錯誤を繰り返し、通水し続けた。するとイオの言う通り、濁った水が装置を通すと少し透明な水になっていく。繰り返すとどんどん透明度は上がっていった。
アミは嬉しがったが、その様子を見るために残った子供達は十歳くらいの男の子と女の子が一人ずつだけだった。男の子の名前をハルといい、女の子の名前とユウナといった。
「では、この綺麗な水、飲みます!」
アミはペットボトルに溜めた透明な水をごくごくと飲み干す。実のところこの方法でのろ過は、ばい菌までは除去出来ない。だから飲み水にする場合はろ過後にその水を煮沸する必要があるとイオから説明は受けていた。けれどもアミは観客であるハルとユウナの期待に応えるため、飲んだ。
「おお……。凄い……」
ハルとユウナは小さく拍手する。
「えっへん」
アミは小さな胸を張った。
「お姉ちゃんのお手伝いがしたい!」
「良いよぉ。一緒に作ろうか」
アミは二人の助手の確保に成功し、三人とイオでこの装置の量産体制を敷いた。
