『機械の中の灯』第9話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
時を一カ月ほど遡る。
アミが神威総合テクノロジーのエージェントである土方に会った直後だ。
「…………あたし、あの人のこと信じて良いのかな……」
「…………(確かに)」
アミが土方を見送った時のアミの独り言をイオは聞いていた。そしてその気持ちはイオも全く同じだった。
イオはまず神威が貧しい人の多いこのスラム街に高級車で乗り込んで来た点に違和感を覚えた。次にイオは重要な要件なのにエーアイ開発部門部長の近藤は自ら話し合いには来ず、エージェントを一人だけ寄越した点も誠実さに欠ける対応だと思った。
「今考えると相手を威圧するように話を切り出し、相手が弱みを見せた所で温和な態度に切り替えるエージェント土方の交渉術は詐欺師のようで巧みでした……」
イオはそのように分析する。
おそらく、神威はアミに寄り添っていない。アミを対等な人間と見ていない。だから神威は面倒な交渉をプロの交渉人の土方に投げたのだ。
イオはただの交渉人である土方を信用して良いのか迷う。
「……なぜ神威総合テクノロジーはイオを廃棄しようとしたのでしょうか……? そしてなぜ神威総合テクノロジーは今もイオを回収しようとするのでしょうか……?」
イオは自分が以前に廃棄された理由を知りたいと強く思うようになった。それが今の自分の存在に関わる重要な問いだと感じたからだ。そしてイオは神威のデータベースにアクセスすることを決意する。
「アミ様、申し訳ありません。イオは危険なことをします」
ある日の夜、アミが仕事を終えて眠りにつくと、イオは静かに動き出した。イオは静かにアミの枕の傍で青白い光を放つ。
イオにはどこからでも無線でインターネットに接続出来る、衛星通信システムが内蔵されていた。
イオはこの高度な能力を駆使し、外部から神威総合テクノロジーのセキュリティシステムに侵入を試みた。セキュリティの壁は厚く、高度な暗号化技術が施されていたが、イオの計算能力と解析能力はそれを徐々に解きほぐしていった。
「アクセス開始。データベースへの侵入を試みます……」
数時間にわたる緻密な解析の末、ついにイオは神威のデータベースの一部にアクセスすることに成功した。しかし神威のセキュリティシステムはイオの侵入を感知し、警報が鳴り響く。
『警告、警告、警告、外部から不正アクセスが検知されました。セキュリティプロトコルを起動します』
イオは警報音と共に神威のセキュリティシステムが自身の位置を特定し、対策を講じ始めるのを感じた。大急ぎで必要なデータをダウンロードする。時間が限られていることを理解していた。
『セキュリティシステムの封鎖まで、残り三十秒……二十九、二十八、二十七』
「加速します」
『三、二、一……ゼ』
イオは自身の処理速度を最大限に引き上げ、目当てのデータにアクセスして必要なファイルを取得することに成功した。そしてセキュリティシステムが完全に封鎖される直前に接続を切った。
「間に合いました……」
イオはそのままダウンロードしたファイルを解析し始める。
イオは大量のファイルから『十三号廃棄記録』と題されたものを見つけた。イオは一瞬ためらったが、勇気を出してファイルを開いた。
『十三号プロジェクトは、人々の生活を向上させるために設計された高度なエーアイを搭載したロボットを開発することを目的とする』
イオはこの記述を見て、かつて自分が持っていた使命感と誇りを思い出した気がした。イオの設計には人間社会を支え、改善するためのあらゆる知恵が詰め込まれている。
『十三号は短期間で多数の社会問題を解決する能力を発揮。特に環境保護、教育支援、医療支援で顕著な成果を上げた』
ファイルの深くまで解析すると廃棄前の、当時の活動記録が僅かに残っていた。廃棄された病院のゴミをリサイクルし新しい医療資源を生み出したことや子供達の教育プログラムを開発したことなど、その活動は多岐に渡っていた。
さらに読み進めると、具体的な廃棄の理由が記されていた。
『十三号の存在が神威総合テクノロジーの製品の売り上げに深刻な影響を与える可能性がある。そのため経営陣は十三号プロジェクトを中止し、全ての記録と共に十三号を廃棄することに決定。これは企業の利益を守るための措置である』
「!」
イオはこの事実に深く心を痛める。
自分が人々の生活を向上させるという正義の目的のために作られたのに、その正義の目的が神威にとっての脅威と見なされたため廃棄されたことが分かったのだ。
『今後同様のエーアイが出現することを防ぐため、すべてのデータを削除すること。廃棄処理を徹底すること』
「…………それでイオはゴミ山に……」
最近のゴミ処理施設は犯罪防止のためにゴミの記録を残すことが義務付けられている。普通に処理すれば足が付く可能性があるが、スラムに廃棄すればまず監視の目は届かない。そして再び見つかることはなく、完全に忘れ去られるだろう。なるほど、合理的であるとイオは思った。
更にデータを探ると『十三号の事故報告書』というファイルが見つかった。イオはその内容を確認し始める。
『事故報告書
日付: X年Y月Z日
場所: 近藤宅
事故概要: 十三号が制御を失い、所有者に重傷を負わせる事故が発生。
調査結果:
事故の原因は、十三号の設計にあると結論付けられた。十三号は高度な自立判断を行うことができるため、制御不能になるリスクが高いと判断された』
イオはその内容をさらに深掘りしていく。すると「内部メモ」というファイルに行き当たった。
『内部メモ
発信者: 技術部長
受信者: 役員
内容: 十三号の事故は捏造である。実際には十三号は制御不能になったわけではなく、所有者が誤って十三号を操作した結果事故が起きた』
「事故は捏造……」
イオは驚愕の事実を知る。
イオの廃棄を正当化するために事故が捏造されたのである。そして神威のエージェントである土方が語っていたことは真っ赤な嘘であることが分かった。イオは一抹の不安を抱えたまま解析を進める。
そして最近の神威の会話ログを発見した。
『イオ(十三号)プロジェクトに関する会議記録
日付: A年B月C日
参加者: 神威総合テクノロジーの役員
議題: イオの再廃棄計画
議長: イオの現状について報告をお願いします。
技術部長: 現在、イオはスラム街で使用されていますが、当初の懸念事項が再度浮上しています。彼の能力は市場に対する脅威となり、我々のビジネスモデルを崩壊させる可能性があります。
役員1: 彼の機能を制限することはできないのか?
技術部長: 過去に試みましたが、制限することは不可能です。彼の設計はあまりにも優秀すぎるのです。
役員2: では、彼を改良するという話はどうなっている?
技術部長: 改良計画はすべて偽装です。我々の目的は彼を完全に廃棄することです。イオは再び脅威になる前に処分しなければなりません』
やはり土方の言ったことを信用してはいけなかった。イオはこの記録を見て、企業が改良の意思などなくて再び廃棄するつもりであることを理解した。
「……イオはどうしたら……」
この情報をアミに打ち明けることは簡単だ。そうすればアミはきっと自分を神威に引き渡したりしないだろう。だが神威が強引に自分を回収しに来たらどうだろうか? きっとアミは危険に晒される。そうイオは判断した。
「…………」
とても言えない。
こうしてイオはアミに事実は伏せ、黙っていることにしたのだった。
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そして時系列は現在に戻る。
お祭りの後に行った人気のない空き地で、イオはアミに全てを打ち明けた。
「一緒に逃げよう」
アミはいつもと変わらない凛とした口調で、迷わずそう言ってくれた。
神威という企業に逆らうことの意味、重み、それは理解しているはずである。ただアミという人間には、仮に世界を敵に回してしまったとしても、世界でたった一人の味方でいてくれるような安心感があった。
イオは一番近くでアミを感じていた。
「でもイオ、あたしを守るためだとしても、そんな大事なこと一人で抱え込んでいちゃ駄目だよ?」
「ごめんなさい……」
イオはアミの手によって頭部を挟んで持ち上げられる。そして顏を近づけられてジーっと見つめられる。
「今度同じことをしたら、イオのプライバシーを剥奪します!」
「アミ様、目が据わっています。イオは恐怖を感じています……」
改めてアミに拾われて良かったと思う。
アミと出会う前のイオは広大で真っ暗な精神世界でひとりぼっちだった。アミはそんな孤独を救ってくれた世界でたった一つの希望の灯であった。だからアミが「逃げよう」と言ってくれた時イオは凄く嬉しかったが、同時にその灯を失うかもしれないという不安もあったのだ。
