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「個別指導」の弊害に気づいていますか


こんにちは。
大学受験の予備校で10年以上高校生を指導している筆者が考える、「個別指導」の弊害についてお話ししたいと思います。

これまで私が見てきた生徒たちの中にも、個別指導塾に通っている、もしくは通ったことのある子は非常に多いです。
あくまで感覚ですが、そういった子は年々増えているように感じます。

⚫︎前おき〜個別指導の定義とおことわり〜

ここで触れる個別指導とは、あくまで小中高生を対象に、英数国理社などの教科(小論文や総合型選抜の指導含む)を個別で指導する仕組みを指しており、それら以外の個別ビジネスは含みません(フィットネス、料理教室など)。

その理由は、教育以外の分野の個別ビジネスに関して筆者は門外漢であり何とも言えないからなのですが、もしかしたら別分野でも言えることなのかもしれません。

また、断っておきたいのですが、個別指導そのものやその塾を悪く言いたいのではなく、指導をする際、受ける際に注意した方がいいこと、と捉えていただければと思います。


⚫︎個別指導の弊害とは

さて、ずばり個別指導の弊害とは、大人になっても抜けないかもしれない、やっかいな「癖」を身につけてしまうことがある、というものです。

ではその「癖」とは?
個別最適化された学びを誰かが与えてくれる、という受け身の状態になり、自ら学び取る姿勢を失ってしまうことです。

この癖を私は、「個別マインド」と呼んでいます。


⚫︎そもそも教育の目標とは

もちろん個別指導が優れている点は多くあります。
例えば、この問題が解けない、というように自らの課題が明確になっている場合は、個別指導は非常に有効です。

しかしそういったことを意識せずに、成績が悪いからとりあえず個別指導だと考えたり、1対1もしくは1対少数なら安心だと安易に考えたりしている状態で漫然と個別指導を受けるのは非常に危険で、「個別マインド」を持ってしまう恐れがあります。


そもそも、「教育」の目標とは何でしょうか?
学校の成績を良くすることでしょうか?
たくさんの知識を得ることでしょうか?


私は、幸せに生きるために必要なことを人生の適切なタイミングで「学びとる力」を鍛えること、だと考えます。

幸せの定義は人によって違うので、自分はどうすれば、どうなれば幸せなのかを探求する必要がありますし、幸せのために必要となるかもしれない職業、収入、ステータスなどを得るためにも、知識やスキルが必要となります。

ただ今の時代、何かを得たり極めたりするための知識は日々増え、多様化しており、人生を通して学び続ける生涯学習の発想が不可欠です。

だから教育、特に10代の間に行われる教育の目標は、生涯に渡って自ら学ぶ対象を見つけ、適切な方法で学ぶ力を育むことにあると、私は考えます。


⚫︎「個別マインド」の弊害

生涯に渡って学び続けることとは、自らが何を欲し、それはどうすれば得られるのかを考え、実行する、すなわち学びをデザインすることを意味します。

しかし個別指導は、相当うまくやらないと、生徒の「学びをデザインする力」を奪っていきます。これこそが、個別マインドの弊害です。

どうしてそうなってしまうのか。
多くの教え手は、生徒に試行錯誤させないからです。

個別指導はその子のためだけに教えればいいわけですから、集団で教えるよりも生徒のツボを的確に押さえやすいです。もちろん個別指導が簡単だということではなく、そのツボを押さえるために教え手は工夫しますし苦労します。が、工夫したり苦労するのはあくまで教え手であり、受け手ではありません。

集団指導だとどうか。もちろん教え手は全員に理解してもらえるよう工夫しますが、限界があります。ある教え方でしっくりくる生徒もいれば、そうでない生徒も絶対出てきます。しかしそんなときにこそ、人(学び手)は工夫します。分かろうと努力するし、他の人はこうできてるのになぜ自分はできないのか、もっといいやり方はないかなど、理解するための工夫や努力が生じる余地があるのです。

いやその工夫ができなくて理解できないから落ちこぼれてしまって、個別指導を受けざるを得ないんだよ…と考えられるかもしれませんが、そうであってもどこかで必ず個別指導を脱却しなければなりません。自分の人生の正解は誰かに教えてもらうものではなく、自分で苦労して掴むしかないからです。

集団だと理解できないから個別指導を始めても、できるだけ早くそれを卒業し、集団に戻れればいいのです。

しかし、個別指導を始めて、気づいたら、自分のためだけに工夫して教えてもらうのが当たり前、と考える癖がついてしまっていることがあるのです。気づかないうちにです。こうして自分で考えたり試行錯誤したり、はたまた他者の言動から自分に活かせる点を学び取ったり、といったことがいつのまにか苦手になってしまうのです。


⚫︎周りのあらゆる物事から学ぶ姿勢を持つ

大人になったら自分のためだけにプリントを作ってくれる人なんていない、板書してくれる人なんていない。成績アップを保証してくれる人なんていない。
それを子どもに分からせるというか、身に染みさせるのが、本当の教育だと思うのですが、個別指導はその真逆のことを身に染みこませてしまうことがあるのです。

昔少年野球をやっていた頃、コーチに「他人が言われていることを自分にも言われていると考えながら聞きなさい」とよく言われたものです。

思えば、AIによって個別最適化された情報が渡されたり、指摘される側に配慮してみんなの前でその人の悪いところを指摘したり叱ったりすることを避けるようになった今の時代、「人の振り見て我が振り直せ」力がそもそも下がっているのかもしれません。
一見自分とは関係ないように思われることから学ぶ機会が、今後も減り続けるのかもしれません。

このような、関係なさそうなものからも何か学ぼうとする、創意工夫する、といったマインドは、個別マインドの対極にあります。過激な言い方をしてしまうと、個別マインドとは、誰かが自分の口に餌を入れて食べさせてくれるのを当たり前と考え、自分の口の中に入ったものを咀嚼して飲み込むことだけが自分の仕事だと思ってしまう考え方のことですから。

もちろん、本当に優秀な教え手は、個別指導を行っても、「個別マインド」を学び手に抱かせません。
ですから個別指導そのものが絶対に悪いというわけではないのです。
が、こと学び手の自立を個別指導で実現させるのは、なかなか難しいと思うのです。

個別指導ではなくても、先ほど述べたように、我々の周りには、個別マインドを知らず知らずのうちに持たせてしまうような、そんな仕組みが多く存在します。

いつのまにか自分は個別マインドを持っていないか?同僚や部下はどうか?自分の子どもはどうか?と考える人が増えたら、もっと社会はよくなるのではないかな、と思います。

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