『ボタニストの殺人』/すべてのものは毒であり、毒のないものなど存在しない
最近、「ボタニスト」と聞いてシャンプーを思い浮かべる人も多いだろう。あの白くて、オシャレなフォントで、棚に置いとくときっとバスルームがちょっとだけ“意識高い”感じになるやつ。ドラッグストアで見かけて、「あぁ、ボタニストね」って納得しながら通り過ぎる。でも、この小説のボタニストは、そんな潤いとかナチュラルとか、髪サラサラ~とか、そういう世界線とは完全に無縁。
本書に出てくる“ボタニスト”は、詩と押し花を送りつけて、毒で人を殺す。オシャレというより、厨二病こじらせて成長しきれなかったタイプ。押し花と詩で犯行予告するって、だいぶ手間をかけた割には全然優しさもなく、むしろ粘着質で面倒くさい。最近はやりの「美しいものにはトゲがある」どころか、「美しいものこそ、わりと本気で危険」ってやつだ。
で、物語は例によって、ポーとティリーの名物コンビが難事件に挑むわけだけど、正直、上巻読んだ時点で「たぶんこういう展開になるな」と察しがつく。知恵比べ感はあるけど、「誰が犯人か?」で頭を抱えたり、ページをめくる手が止まらなくなったり、みたいな“心拍数急上昇”は今回はあまりなかった。親友のエステル・ドイルが父親殺しの容疑で捕まる、という話も、さすがにここまできたら泥沼か!?・・・と思いきや、そこまでこじれない。いろいろ複雑そうに見えて、結局、想像通りに伏線回収してくれた。 予想がつく展開も、それはそれで一つの安心感なのかもしれない。
それにしても、ポーのチームは無駄に連帯感が強い。あんな優秀で協力的な人間があつまる現実の職場、存在するなら教えてほしい。うちの会社でそんなことやったら、むしろ「誰が手柄を取るか」バトルが始まって、押し花が送られてきても「部長の新しいパワハラ?」みたいな扱いになるのがオチ。フィクションの中だけでも“まともな大人の集団”を味わいたい、という切実な願望が、このシリーズを読む原動力なのかもしれない。
ド派手などんでん返しとか、超難解トリックに飢えている人にはちょっと物足りないかもしれないけど、「適度にひねりがあって、変に疲れないミステリ」が読みたい夜にはちょうどいい。毒に当たるリスクも、たぶんありません。
・・・と、ここまで小説の感想を書いてきたけど、正直なところ、現実で「詩と押し花が届いたら、毒かもしれない」なんて心配をする日が人生で来るとは思えない。でも「ボタニスト=シャンプー」みたいな平和な脳内イメージしか持てなかった自分も、たまには妄想を膨らませて疑ってみるくらいがちょうどいいのかもしれない。
だって世の中、見た目が美しいものほど裏に何かあるし、やたら意識高そうなものほど、案外成分表示が怪しかったりするし。
シャンプーの成分表も、どんなに「優しい」を謳ってようが横文字ばっかりだし。
さて、そろそろ髪でも洗うか。
ちなみに私は朝晩2回髪の毛を洗うので、洗浄力弱めのharu派です。
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