あかね噺-第138席・晴れ舞台-感想
バーチャファイターの新作が発表された。
流石に作ってるとは思ってたけど、発表されると感慨深いものがある。今のセガの開発力にはあまり信頼を置いていないので、発表されてめでたしめでたしとは行かない。
ネットで見てみたけど、同じタイミングで発表された大神。鬼武者あたりに世界的には話題性で負けてるように感じた。実際にトレーラーの再生数ではダブルスコアで負けている。
大神も鬼武者もビックタイトルだけど、バーチャの全盛期を知っているものからすると、それらのゲームとは格が違ったのに、負けてるって事実が重い。それだけバーチャのIPは死んでるって話で、ファンが期待できるような広告塔になれる開発者も残っていない。
とりあえずは、調整したVF5revoで遊んで欲しいって事だけど、他の格ゲーとは違う独特の面白さはあるけど、いかんせんゲームそのものが古すぎて今のユーザーを満足させることは難しいと思うし、バーチャそのものを見限られる可能性もあると思ってる。
こう書いてしまうと散々だけど、トレーラーの内容は良かったし、しっかりと予算をかけたセガの本気度は伝わった。
短いトレーラーだったけど、バーチャらしい新しい格闘ゲームのアプローチをやっていると感じれたので、どういう新しさを見せてくれるのか期待して待ちたい。
あと鉄山靠は、最近の格ゲーの超必殺技よりも全然かっこいいと再認識できた。過剰な演出が無くても理にかなった重さを感じる技ってのは良いな。
◆あらすじ
週刊少年ジャンプ 2024年12月2日発売 2号
一生の初高座は大成功に終わるも、破門が言い渡され何もかもなくしてしまう。
◆感想
一生の初高座は大成功に終わり、そのせいで破門になってしまいました。
前回の予想がことごとく外れたけど、生禄や一生の凄さがきっちり分かることも大事なので、これはこれで良かったです。
今回は、笑う志ぐまの隣で・何も無い、について書いていきます。
笑う志ぐまの隣で
一生の初高座は「時そば」有名な話だからか、話の内容ではなく、この噺のやるうえでのポイントを抑えた紹介で、芸の良し悪しが読者に分かって面白かったです。
生禄が、一生の高座の出来に関して全く心配しておらず、しっかりと一生の実力を把握している部分に、師匠としての力や頼もしさを感じました。
その直後に、楽屋裏で3人に破門を継げられたわけですが、この感じだと志ぐまの初舞台はお預けになったように感じましたが、どうなんでしょうか?
生禄が破門になったことに、一生は自身の破門ではなく、生禄の破門に怒っていました。生禄の凄さを間近に感じていたからこそ、自分のために動いてくれたことよりも、自分のせいで破門になったことが許せなかったようです。
しかし、そんな一生らと違ってまるで堪えてない様子の生禄。このコマのバックの青空が象徴的で良かったですね。
何も無くなったと笑う生禄に対して志ぐまは笑っていましたが、一生は仕方がないなって表情をしていました。
どちらの生禄に対して好意を持っている描写ですが、この差が一生と志ぐまの違いだと思います。
一生は、何も無くなってしまったことに、ショックを受けていました。だからこそ、それを気にしない生禄が理解できなかったから呆れたんだと思います。
今回、生禄は三禄を継ぐという落語界にとっての大きな格を捨てて弟子を選んだのですが、これを一生は理解できていません。
これは偏見かもしれませんが、一生は大企業の御曹司ですから、大企業の息子というだけでチヤホヤする人や、父親の要求に従う人を見てきて、格や肩書きの力を身を以て体感してきているんじゃないでしょうか?
だから、格を捨てても平気な生禄が理解できないから、呆れてしまったんだと考えます。
今回の三禄と、第一話の一生は、同じ様に孫弟子を破門にしたわけですが、その理由は「柏家の格式を守るため」と「弱い落語家は阿良川にはいらん」、弱い落語家がいらないのは、阿良川の格が下がるからと言い換えれると思うので、格を重視しているところが同じだと感じました。
なぜ、一生が三禄と同じように格に拘っているのか?これは自分のせいで師匠である生禄の格を無くしてしまったからと考えると、この3人の破門というのは、一生の心に大きな傷を作っていたのかもしれません。
無邪気に笑っていた志ぐまと、理解できずに呆れるしか無かった一生。
すでに目に見えない小さな隙間が出来ているように感じました。
何も無い
そんな弟子らを他所に全く焦った様子のない生禄ですが、名前がないなら付けるまでだと、阿良川志ぐまになる道を選んだようです。
名前をつけるまでって事なんで、自分で阿良川志ぐまを名乗ったのかと思ったんですけど、壁に落語家の名前の書いた家が出てきて話が終わりました。
この落語家の名前の書いた壁と同じような建物がどこかにあるかと調べたのですが、該当する家はありませんでした。
阿良川のモデルである立川談志が、名前をもらったのは林家正蔵ですが、林家正蔵は長屋暮らしで、こんな立派な家ではなかったようです。
とはいえ、今の落語協会の面々の書かれた塀があるような家なので、ここで名前をもらうつもりなんでしょう。
しかし、破門になった芸人に名前を簡単にくれる道理も無いのですが、生禄は実力があるので、なんとかなってしまうのでしょうか?
まだ阿良川志ぐまになるには一波乱あるかもしれません。
実際の落語界は名前の管理をどうしてるか調べたんだけど、ドロドロしすぎててあまり良い話じゃなかったので、今回の感想はここまで。でわでわー。
