名作とのセッション,浮かび上がる本質-毛利悠子「ピシュスについて」@アーティゾン美術館
某日、アーティゾン美術館。


今回の特別展も、深く素晴らしい。すでに何度か訪れた。

名作とのセッション
会場エントランス。

(前略)毛利は、主にインスタレーションや彫刻を通じて、磁力や電流、空気や埃、水や温度といった、ある特定の空間が潜在的に有する流れや変化する事象に形を与え、立ち会った人々の新たな知覚の回路を開く試みを行っています。
本展タイトルに含まれる「ピュシス」は、通例「自然」あるいは「本性」と訳される古代ギリシア語です。今日の哲学にまで至る「万物の始原=原理とはなにか」という問いを生み出した初期ギリシア哲学では、「ピュシス」が中心的考察対象となっていました。当時の著作は断片でしか残されていませんが、『ピュシス=自然について』と後世に名称を与えられ、生成、変化、消滅といった運動に本性を見いだす哲学者たちの思索が伝えられています。絶えず変化するみずみずしい動静として世界を捉える彼らの姿勢は、毛利のそれと重ねてみることができます。
毛利の国内初大規模展覧会である本展では、新・旧作品とともに、作家の視点から選ばれた石橋財団コレクションと並べることで、ここでしか体感できない微細な音や動きで満たされた静謐でいて有機的な空間に来場者をいざないます。
すでに作品が展示されている。

タイトル「Decomposition 」。


電極を通した果物。

その中を電気が流れることで、スピーカーから、波音とオルガン?の音が奏でられている。タイトル(Decomposition)では否定しながら、作曲・構成(Composition)は肯定される?
そして、ジョルジュ・ブラックの「梨と桃」。


資料を手掛かりにしながら、

いくつかの展示の話を。
例えば、ブランクーシ「接吻」
会場内。


ガラスケースに展示されている、ブランクーシ「接吻」。

アーティゾンといえばブランクーシ、というイメージが染みついている。
その隣には、

マグネットが取付けられたフォークが、磁石によって反発して、ふしぎな動きを見せている。
作品タイトルは「calls 」。世界中のさまざまな土地の道具が、音や光を発することで、なにかを呼ぶ、がテーマの作品。触れ、離れることによって明らかになる関係性。
アーテイゾン美術館収蔵の名作とのセッションが、一つのインスタレーションとなり、作品となる。

そんな感じで、本展は展開していく。

モネの「雨のリベール」
クロード・モネ「雨のリベール」。

その横に大きなスクリーン、ピアノ、スピーカー。


波の音、そしてピアノの音色。

スクリーンに映し出されるのは、

アーティスト・毛利悠子が、「雨のリベール」が描かれた北フランスのベリールに赴き、大変な苦労を経て、撮影した風景動画。
資料によれば、リベールまでは、パリから飛行機、特急電車、バス、フェリー、自動車を乗り継ぎ、丸2日もかかったという。そして、モネが描いた海岸にたどり着くまでには、岩壁の上り下りも。

しかしその美しさに、モネが滞在理由を延ばした理由を理解した、と語っている。
ちなみに絵の中央の岩をよく見ようとすると、絶壁から落ちそうになったそうだ。「自然という、抵抗器だらけの巨大な回路の中で、モネ自身はまた別の抵抗器―アート作品という抵抗器―をつくりあげたのだと思います」


クレー「数学的なヴィジョン」
そして例えば、パウル・クレーの「数学的なヴィジョン」。



毛利悠子作品が置かれていることで、過去の名作の、本質のようなものが見えてくる。
さまざまな音が響く
それに加えて、作品には別の魅力もある。

作品たちが織り成す、さまざまな動きと音。




謎解き、という愉しみ
作家の意図を紐解く、という謎解き。そのやりがいは大いにある。
交互に観てみたりして。




もちろん、どんなふうに観るかは鑑賞者の自由で、

ただ、毛利悠子作品の持つ動きや音といった魅力を楽しむのもいい。

とにかく、楽しい。そして惹かれ続ける。

