しばらくこのままで丨せりふ三題噺|虹色創作部
「・・・どうしたいと思っているの?」
私は、かすれた声で彼に尋ねた。
九月の午後、まだ残暑が厳しいカフェの窓際。いつもと同じデートのはずだった。付き合って三年。結婚の話も出始めていた。
それなのに前触れもなく、彼が転職の話をしだした。東京を離れる。私たちの関係について考えていると。
彼の言葉は、私を海の底に引き込むかのように思われた。その中で私はかろうじて尋ねたのだった。
重苦しい沈黙の中、アイスコーヒーの氷が解けていく。
「しばらくこのままでいようか」
彼が言った。
水圧に押し潰されそうな胸の重さは、まだ続いていたが、私はそれを聞いて素直に嬉しかった。
静かな午後だった。海底に居る私を上から射してくる光のように、彼の視線が包んでいる。 「うん」と小さくうなずく私。
しばらく、とはどのことだろう。ここにいる間のことか、それともわたしたちの関係のことだろうか。 それを確かめる勇気はなかった。
外の残暑とは対照的に、店内のエアコンは効きすぎていて少し寒い。けれど、席を立ちたくなかった。この時間が終わってしまうことが怖くて。
このカフェで私たちはたくさんの時間を過ごしてきた。初めてのデート、喧嘩の後の仲直り、将来の夢を語り合った夜。 でも今日は違った。何かが終わりに向かっていることを、二人とも感じていた。
彼は黙って私の手を握った。
時間が止まってくれればいいのにと思った。それなのに、私の鼓動が時を刻んでいるように感じられた。
「もう一杯、コーヒー頼もうか」
彼がそう言って微笑む。
「うん」
私たちは、もう少しだけ、この午後にしがみついていたかった。

はらとけいさんのせりふ三題噺に参加させていただいています。
さらに欲張って、
虹くりっぷ@虹色創作部さんのコラボ募集にも応募させて頂きます。
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