空が急に暗くなったと思ったら、大粒の雨が降り始めた。本降りの気配。私は慌てて近くの商店の軒下に駆け込んだ。
会社からの帰り道。駅まであと少しというところだった。
「間に合いましたね」
振り返ると、スーツに残った雨粒をハンカチで拭っている男性がいた。私と同世代くらいだろうか。雨宿りのお仲間だ。
「ほんと...、突然でしたね」
私は息を整えながら答えた。
頬や手に落ちたものは拭き取ったが、初秋の夕立は、意外と冷たかった。
「なんとかと秋の空というけれど、突然の心変わりは勘弁してほしいですよね」
独り言のようにそうつぶやいた男性は、私の視線に気づいて謝った。
「ごめんなさい、失礼なもの言いでしたね」
そう言いながら彼は軽く頭を下げた。
なんと言って良いか分からず私は無難な言葉を選んだ。
「お疲れさまです」
けれど、人の良さそうな彼に、私は少し意地悪してみたくなった。
「傘を持っていないのも悪いんですよね」
一瞬の間があって彼は言った。
「...そうですよね」
言葉通りに受け取ったのかどうかは、私には分からなかった。
雨は勢いを増していく。これでは当分止みそうにない。けれど時間が経つにつれて頬には温かみが戻ってきていた。
「このあとは涼しくなりますかね」
「そうですね。やっと秋らしくなって」
他愛もない会話が、軒下の居心地の悪さを和らげてくれていた。
雨音に混じって、彼のスマホが鳴った。
彼は律儀に「すみません」と断ってから電話に出た。
「はい、雨で遅れています。あと15分ほど...はい、申し訳ありません」
電話を切ると、恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「約束に遅れそうで」
「大変ですね」
きっと女性との待ち合わせなのだろう。でもやりとりからするとまだ付き合い始めて間もないのだろうか。
私には、特に急ぐ理由もない。いつものように家に帰って、いつものように夕食を作って、いつものように一人で食べるだけ。
「あ、少し弱くなってきましたね」
彼の言葉で空を見上げる。確かに雨脚が弱まっている。
「そうですね」
「これなら傘がなくても大丈夫そうです」
彼は軽く頭を下げると、まだ落ちてくる雨の中に歩いて行った。急ぎ足で、振り返らずに。
私はゆっくりと駅に向かって歩き始めた。
10分ほどの雨宿り。知らない人との、知らない時間。
待つ人のない家に帰る私にとっては、なぜだかほっとするひとときだった。
誰かを待たせていたあの人は、この雨宿りも悪くはなかったと思ってくれているだろうか。
雨は完全に止んでいた。空には、薄っすらと星が見え始めている。
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