ドアの向こう側|それぞれの恋②
ドアが閉まろうとしていた。スマホに集中していた私は慌てた。
「待って」
手を伸ばしたけれど、間に合わなかった。電車はゆっくりと動き出し、私はホームに取り残された。車内の彼が、窓越しに振り返った。驚いたような、困ったような表情。私は苦笑いを浮かべて、手を振り返した。
次の電車まで15分。普段なら急ぐ必要もない。けれど、今日は彼と同じ電車に乗りたかった。
大事な話があった。
3年間、ずっと片想いしていた同僚の田中さん。来月で転勤が決まった彼に、今日こそ伝えようと決めていたのに。でも、きっとこれも運命なのかもしれない。
手元のスマホは「実はお話ししたいことがあります。」と、告白の切り出しを考えたところで止まっていた。
スマホが鳴った。彼からのLINE。
「ごめん、気づかなくて。大丈夫?」
「大丈夫です。お疲れさまでした」
上書きし送信ボタンを押してから、もう一度メッセージを書き出した。
「実は、お話したいことがあったんです」
でも、送信せずに削除した。LINEで伝えるようなことじゃない。
次の電車が来た。いつもより空いている車内。
彼はもう会社に着いているだろう。普通に仕事を始めているのだろう。
私は独りでモヤモヤした気持ちを抱えて座っていた。
会社に着くと、彼はいつものように、パソコンに向かって集中している。「おはようございます」
「おはよう。さっきはごめんね」
普通の挨拶。普通の会話。でも私の胸のモヤモヤとドキドキは続いていた。
昼休み、彼が近づいてきた。
「さっき、話があるって言ってたよね?」
え?送らなかったメッセージを、どうして?
「スマホの画面、見えちゃったんだ。打ちかけているのが。悪いと思ったからその後は君を見ないようにしていた」
私の顔が熱くなった。
「あの...時間があるときでいいんです」
「今、時間あるよ。屋上行こうか」
初夏の屋上の風は心地よかった。遠くに山並みが見える。私は深呼吸して田中さんに向き直った。たとえ電車に乗り遅れても、言うべきことを言わないときっと後悔する。
私は意を決して口を開いた。
「実は、転勤前に伝えたいことがあって」
彼はドアの向こうじゃない、目の前に居る。
遅れただけで、止まったわけじゃない。
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