見出し画像

図書館の記憶|片想い文芸部

毎週火曜日の午後、図書館の奥の席に座る人がいた。

いつも文学書を読んでいて、時々小さくメモを取っている。その集中している横顔が美しかった。

私は「図書館の人」と心の中で呼んでいた。本当の名前は知らない。話したこともない。

火曜日に図書館に向かう足取りは軽やかだった。密かな期待に胸は躍っていた。

その人が読んでいる本を覚えて、後で同じ本を借りてみる。
ドストエフスキー、村上春樹、吉本ばなな。
読みながら、この人はどんなことを考えているのだろうと想像した。

ある火曜日、その人はいつもの席にいなかった。
翌週も、その次の週も。

私は思い切って図書館の受付で尋ねてみた。
「いつも火曜日に来ていた方、最近見かけませんが」

受付の人は首をかしげた。
「火曜日の常連の方といえば、あなたくらいしか思い浮かばないのですが」

(えっ?)

「背が高くて、理知的な風貌の方ですが。」

「ああ、もしかして」
受付の女性は思い出したように言った。
「ひと月前まで火曜日に来ていた学生さんのことでしょうか?その方は手前の席で良く経済学の本を読んでいらっしゃいましたよ」

手前の席、しかも経済学。文学書ではなく。

家に帰って、図書カードを眺める。最近借りた本。ドストエフスキー、村上春樹、吉本ばなな。どれも私が普段読まないジャンルの本だった。

次の火曜日の図書館は静かだった。彼はいない。私は奥の席に座って、静かに本を開く。
ページをめくる。

あれは図書館で私が見た夢だったのだろうか。

彼への想い、それは幻。




🧡 スキ 🤝 フォロー 💬 コメント…のいずれかでもいただけたら、とても励みになります!


#片想い文芸部 #幻 #ショートショート
#片想い #共創 #私の作品紹介 #スキしてみて



いいなと思ったら応援しよう!