このくらい常識だけど│せりふ三題噺
夜九時を過ぎたスーパーマーケット。蛍光灯の下の惣菜売り場を、私はハイヒールで歩いていた。自分の足音が耳にさわる。
今日も残業。このまま家に帰っても出迎えてくれるのは空っぽの冷蔵庫だけだ。
「お疲れさま」
振り返ると、同じ部署の男性社員がいた。
「あ、お疲れさまです」
会社が借り上げ社宅を用意している関係から、彼もこの街に住んでいる。さすがに会社側も気を使って同じアパートではないけれど。
「また遅くなっちゃったね。僕も今帰り」
彼は私の視線が惣菜コーナーに向いているのに気づいて、少し申し訳なさそうに言った。
「手作りじゃなくても、全然いいんじゃない?」
「でも、一人暮らしの女性が惣菜ばかりって...」
「このくらい常識だけど」そう苦笑すると彼は、カップ麺とサラダだけ入ったカゴを少し上げて見せた。
「現代人は忙しいんだから。時間の使い方は人それぞれでしょ」
その言葉に救われた気がした。
「ありがとうございます」
「僕なんて料理できないから、君を尊敬してるよ。毎日お弁当作ってるでしょ?」
確かに。惣菜を買うことがあっても、お弁当は毎朝作っている。
「そうですね、たまには手抜きしても・・・」
私は唐揚げ弁当を手に取った。
レジを済ませて外に出ると、空には無数の星が瞬いていた。
「今の季節だとこんなにたくさん見えるんだね」
「あの一つ一つにちゃんと名前があるんですよね」
街の明かりに負けそうな小さな光たち。星屑という人もいるけれど、みればみんなしっかり輝いている。
「また明日、頑張りましょう」
「そうだね」
彼と別れてアパートに向かうハイヒールの音は、先ほどよりも少しだけ軽やかに響いて聞こえた。
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