未明の残響|シロクマ文芸部
眠れない。
研究所で働くようになってから、僕はほとんど不眠症状態だ。
正確に言えば、もったいなくて眠れない。三年たった今も。
僕は枕元に置いた「残響採取器」のダイヤルを静かに回す。
この機械は、街が深い眠りに落ちた午前二時から四時の間にだけ発生する、人々の「こぼれ落ちた思考」を音として拾い上げ、物質化する。
初期の被験者は僕自身だった。
「……明日のプレゼン、ネクタイは青か、それとも誠実な紺か……」
「……向日葵の下でほほ笑む君は素敵だ……」
スピーカーから漏れる声は、昼間は決して形にならない剥き出しの想いたちだ。僕はそれらを丁寧にフラスコへ詰め、ラベルを貼っていく。収集するのは「想い」だけ。個人に紐づきはしない。
今夜の収穫は格別だった。ある女性の、明日のデートへの期待。微細な粒子がフラスコの中で震え、微かに発光している。
空が白み始め、夜の魔法が解けていく。
僕は最後の一滴、「この一瞬が終わってほしくない」という自分の想いを採取した。それがサファイヤの欠片のように物質化していくのを、僕は微睡みの中で見つめていた。
翌朝、棚のフラスコの一本に、ひびが入り中身が変色していた。ラベルは三年前の日付だった。
小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加します。
