ハラハラするんですけど|アマノ文筆クラブ
昔から、危なっかしい弟だった。
高いところに登りたがる。知らない犬に、手を出す。自転車で出かければ、いつも、どこかを擦りむいて帰ってきた。
弟を、私は、ずっと見張ってきた。
母が、共働きで忙しかったせいもある。「お姉ちゃん、見ててね」——その一言で、私の役目は決まった。
公園でも、学校の行き帰りでも、三つ年下の弟の三歩後ろを、私は歩いた。いつでも手を伸ばせる距離で。
「あいつ、ハラハラするんですけど」
思春期の頃、私は、よく母に、そう言った。
そのあとも、私のハラハラは止まらなかった。バイクの免許を取る。バンドを始める。大学を中退して、料理人になると言い出す。
母は、笑って言った。
「あんたが心配しなくても、あの子は、あの子でやっていくわよ」
私は、能天気な母に、あきれた。
その弟が、店を持った。
小さな、定食屋。
できるのか、客は来るのか。潰れやしないか。話を聞いて以来、私は、ハラハラのしどおしだった。
開店日の昼に、たまらずに行ってみると。
弟は、カウンター越しの厨房で、包丁を握っていた。
段取りよく注文をさばき、客と笑い合っている。弟は、私の知らない顔をしていた。
「いらっしゃい……って、姉ちゃんか」
弟が、こちらに気づいて、笑った。
「またそんな顔してる」
「何よ。心配しなくても、お金は払うわよ」
私は、カウンターに座って、日替わり定食を頼んだ。
出てきたのは、見映えの良い盛り付け、ふっくらしたご飯。味は、私が作るものより美味しい、かもしれない。
店内は、そこそこ賑わっていた。
食べ終えて、軽口をかわしたあと、居心地の良い店を後にした。
また食べにきてやろう。そう思いながら、私は、呟いていた。
「台風が来ているみたいだけど、明日の仕入れは大丈夫かしら」
甘野充さんのアマノ文筆クラブに参加します。
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