見出し画像

桜の記憶|片想い文芸部

彼からの最後のメッセージは、三月の終わりだった。

「転勤が決まりました。お世話になりました」

短い業務連絡のような文面に、私は何と返せばよいのか分からなかった。同じ部署で、隣の席で過ごした二年間。

休憩時間の他愛もない会話、残業の時の差し入れ、時々二人だけで一緒に食べたランチ。それが全て「お世話になりました」の一言で終わってしまうなんて。

けれど、私が返したのは同じような定型句だった。

「お疲れさまでした。新天地でのご活躍をお祈りしています」

本当は「さみしいです」「また連絡しても良いですか」、そんな言葉を送りたかった。いや、本当は「好きでした」と伝えたかった。

あれから二ヶ月が過ぎた。今日、通勤途中の公園で、遅咲きの山桜をみつけた。花が風に揺れている。

その姿を見た時、あなたと二人で何度か桜の下を歩いたことを思い出した。会社の前の桜並木。

ある時、春の桜を見上げ「きれいですね」と私が言った。「そうですね、でも散るのが早くて」とあなたが答えた。あの時、もう少しだけの勇気が私にあったなら。

山桜の枝が風に揺れて、小さな花びらがひらりと舞い落ちた。私の頬に触れて、また風に流されていく。

今なら分かる。散ってしまうからこそ、美しい。言えなかった気持ちも、終わってしまった日々も。

足を止めて空を見上げる。また一枚、花びら。





ナルさんの片想い文芸部に参加させていただいています。


スキ・フォロー・コメントなど頂けると励みになります


#片想い文芸部 #はなびら #恋愛小説が好き
#恋愛小説 #片想い #ショートショート

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集