雨の日のお迎え|ひとりじゃない①
午後二時の会議中、膝の上でスマホが震えた。
画面をみなくても保育園からの着信だと分かる。心臓にまで届く震え方だ。
「すみません」
小声で同僚に伝え、会議室から出た。案の定、息子の発熱。
「38度を超えましたので、お迎えをお願いします」
保育士さんの声は優しいけれど、私の胸は重くなった。今月、これで三回目。
「すぐに伺います」
会議室に戻ると、視線が痛かった。部長の困った顔、同僚たちの微妙な表情。
「申し訳ありません。息子が熱を出してしまって」
「仕方ないね」
部長の言葉にトゲはない。けれど本音との間にある溝を感じた。
「僕がフォローしますから」
後輩の田島君が声をかけてくれた。入社三年目で、まだ独身。私より五つ年下。
「ありがとうございます。明日、必ず」
「いえいえ、お互い様ですから」
お互い様。でも、彼に子供はいない。
急いで保育園に向かう途中で、雨が降り始めた。
息子を迎えに行くタクシーの中で、私は考えていた。
なぜ私は働いているのだろう。
生活のため、それは確かにある。でも、それだけだろうか。
社会から取り残されるのが怖いから。家にいると、息子以外の誰とも話さない日があるから。そんな理由もある。
でも、こんなに周りに迷惑をかけてまで。
保育園で、熱でぐったりした息子を抱きしめる。小さな体が熱い。
「ママ、お仕事は?」
「大丈夫よ。ユウ君の方が大切だから」
嘘ではない。でも、その言葉は真実の全部を語ってはいなかった。
家に帰って息子を寝かせ、額の冷却シートを貼り替える。
スマホには田島さんからのメッセージが届いていた。
「会議の資料、整理しておきました。息子さん、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。明日には下がると思います」
「無理しないでくださいね。僕も昔、よく熱を出して母を困らせました」
その一文を読んだとき、思わず涙がこぼれた。
彼は理解してくれる。子供のことも、仕事のことも。同僚の垣根を越えて。
でも、私は彼に何かを期待していいのだろうか。
シングルマザーの私に、恋愛する資格があるのだろうか。
息子の寝顔を見つめながら、私は自分に問いかけた。
悪いのは私?それとも、こんな社会?
答えは出ない。でも、ひとつだけたどり着いた思いがある。
明日、田島君に「ありがとう」を言おう。
そして、
息子が元気になったら、三人で公園にでも行けたらいいな。
「もしかしたら」、そんな小さな希望を、心の奥に仕舞った。
外の雨は強くなっていたけれど、やがては止むと思っていたかった。
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