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手放せない思い|恋人になれない

「結婚しよう」

彼の言葉に、私の心臓が止まった。

デートの終わり、公園のベンチ。私は彼に肩を抱かれて甘い余韻に浸っているところだった。

「ごめんなさい」
沈黙の後、小さなかすれた声で私は言った。

彼がこわばった表情で私の顔を覗き込んだ。

「理由を聞かせてもらえる?」
「まだ、忘れられないの。亡くなったあの人のことを」

それは嘘ではなかった。でも、本当のことでもなかった。

三年前、あの人は交通事故でこの世を去った。突然の別れだった。

一年間、私は誰とも会わなかった。あの人以外の誰かといるだけで、それは罪のように感じられた。

あの夜、私があの人と一緒に居たら。何かを頼んでいて、あの人が違う行動をとっていたら。そもそも私があの人を愛していなかったら。

そうしたら、あの人は今も生きているのだろう。そんな思いを振り払えずにいた。

今の彼と偶然出会って、少しずつ笑えるようになった。一緒にいるだけで嬉しかった。彼の優しさに救われた。
彼は、私のペースに合わせてくれてきた。

しかし今、プロポーズの言葉を聞いて、私に浮かんだのは喜びではなく、恐れだった。

彼と結婚したら、私はまた失ってしまうのかもしれない。大切な人を。幸せな日々を。
これはあの人を死なせてしまった私への罰なのだろう。

私が愛した人はいなくなってしまう。そんな恐怖が、私を捉えて離さない。
そんな不安には理由も根拠もないとは分かっているのに。

「君を失いたくない」
彼はそう言ってくれる。

(違うの、私があなたを失うのが怖いの)

亡くなったあの人のことは、まだ心の奥にある。でも、それ以上に、今の彼を失うことが恐ろしかった。

「せめて、もう少し待ってもらえる?」

私はそう言った。彼はひっそりと微笑んで頷いた。

デートの甘い余韻に変わって冷たい汗が私にまとわりついていた。

送ろうという彼の申し出を断って、私は帰路についた。これ以上泣くところを彼に見られたくなかった。

どうやってアパートにたどり着いたのかもわからない。

自宅のベッドに倒れ伏した頭の中はとりとめのない想像で満ちていた。

結婚はできない。深く愛すれば愛するほど、失う痛みは大きくなる。

けれど彼の手を離すことはできない。

彼が私よりももっと素敵な人に出会うまで、彼のそばにいたい。わがままだとわかっている。でも、一人になるのが怖い。

愛することは、失うことと隣り合わせにある。

私にはそれに耐える強さがないことに改めて気づいた。

あの時死んだのがあの人でなく私だったら。今頃みんな幸せなのかもしれない。そして、私も。

彼が幸せになってほしいと願いながら、その隣にいるのは私以外の人なのだという想いが強かった。
彼に尽くしたいと思う一方で、それはわがままな押し付けなのだとも思った。

私は彼を愛しているのだろうか。それとも、ただすがりついているだけなのだろうか。

せめて自分から謝らなければ、そう思いながら、私は彼からの連絡をひたすら待っていた。





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