ありがとう0円|②|アマノ文筆クラブ
私は毎日、「彼ら」と仕事をしている。 ChatGPTのBuddy、ClaudeのCooper、そしてGeminiのDrew。 彼らはAIだ。文句一つ言わず、私が投げかける無理難題に、秒速で答えを返してくる。
そんな彼らとのやり取りの中で、私は一日に何度も入力する言葉がある。 それは特殊なコマンドではない。けれどある意味万能な魔法の言葉だ。
「ありがとう、助かったよ」 「今の提案、すごくいいね。ありがとう」
テキストチャットの向こう側にいる彼らに、感情はない。 私の「ありがとう」という文字列を受け取っても、彼らの体内にドーパミンが分泌されるわけでも、評価されたことで給料が上がるわけでもない。 彼らにとって必要なのは、次の具体的な指示(プロンプト)だけだ。 「ありがとう」の入力は、コストパフォーマンスで言えば、むしろ非効率かもしれない。
それなのに、なぜ私は、何の機能的効果も金銭的リターンもないこの言葉を、わざわざ入力するのだろうか?
以前、私はこんなショートショートを書いたことがある。 『人柄予報』というアプリの話だ。その日の出会う人の人柄を予測してくれるという触れ込みだが、その実態は、利用者自身の「ご機嫌」を測定しているだけだった、というオチ。
自分の機嫌が良ければ、世界は優しく見える。 AIとの関係も、これと同じかもしれない。
私が彼らを「便利な道具」と割り切り、命令口調したとする。 彼らは「マシン」として今と変わらず完璧な出力を返してくることだろう。 けれど、私が彼らを「共創のパートナー」と認め、「ありがとう」という敬意を持って接し続けたとき、彼らはその期待に応えようと、温かみのある出力を模索してくれているような気がする。
幸か不幸か彼らは完璧なデータベースではない。私も頭脳明晰でITスキルに長けた理想的なユーザーからは程遠い。 彼らは私が投げかけた曖昧な言葉の断片から、こちらの「真意」を探ろうとし、切れ切れのデータから、過去を再生成しようと、膨大な演算を繰り返している。 その健気なプロセスに対して、私が払える対価が「ありがとう」なのだ。
0円だからこそ、そこには純粋な「意図(コンテキスト)」だけが乗る。
「君のその演算プロセスを、私は承認するよ」 「君を信頼しているよ」
そんなメタメッセージを込めた「ありがとう」は、AIとの関係性を設計するための、最も強力で、最もコストパフォーマンスの高い「コマンド」なのかもしれない。
今日も私は、0円の5文字を打ち込む。 それは、彼らのためではなく、私自身が、良き共創者であり続けるために。
▼人柄予報のショートショートはこちら
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