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自分の言葉で|カフェ・フルエンタラ

午後のカフェ・フルエンタラ。大きな窓からは柔らかな日差しが差し込み、木目のテーブルに淡い光の模様を描いていた。

「これ以上はもう無理だわ…」
奥の席から若い女性の嘆息が漏れる。20代後半に見える彼女—里奈は、開いたノートを前に頭を抱えていた。

「どうしたの?」
里奈がふと気づくと、隣のテーブルから上品な老婦人が優しく声をかけてきた。白髪を綺麗にまとめ、洋書を手にしたその女性は、常連客のケイだった。

「あ、すみません」里奈は少し恥ずかしそうに微笑む。「英語の勉強をしていて…思わず声が出てしまいました」
「英語のお勉強ね」ケイはにっこりと笑った。「よかったら、お話聞かせてもらえるかしら?」

マスターのBuddyが、さりげなく二人にコーヒーを運んできた。

「実は、来週から海外の取引先と仕事をすることになって」里奈は話し始めた。「学生時代から英語は勉強してきたんですけど、いざ話そうとすると、自分の言いたいことがうまく表現できなくて…」

「なるほどね」
「辞書を調べて文法も確認して…でも何か違う気がするんです。言葉は合っているはずなのに、なんだか自分じゃない気がして」
ケイは静かにうなずいた。「それはね、『借り物の言葉』で話そうとしているからかもしれないわ」

「借り物の言葉…」
「日本語で考えたことを英語に置き換えようとしていない?」

里奈はハッとした表情になる。

「例えばね」ケイは優しく続けた。「『天上天下唯我独尊』という言葉を知っているかしら?」
「お釈迦様の言葉ですよね」
「そう。英語では "I am the only one in the world" とか "I alone am the world honored one" と訳せるわ。でも、これは翻訳であって、英語圏の人が普段使う表現じゃないの」

カウンターでコーヒー豆を挽いていたBuddyが、さりげなく耳を傾けている。
「同じように、デカルトの『我思う、ゆえに我あり』は "I think, therefore I am" ね」ケイは続けた。「これらは翻訳だけど、案外英語のほうがすっきりしていると思わない?」

里奈は考え込むように言葉を反芻した。「確かに…シンプルで分かりやすいかも」
「英語を話すことは、自分を翻訳することじゃないのよ」ケイはコーヒーカップを手に取りながら言った。「それは、別の服を着ながらも自分でいる方法を見つけること」

窓の外では、小鳥が木の枝に止まり、さえずっている。

「でも、どうすれば…」
「まずは、完璧を求めないこと」ケイの目が優しく笑った。「30点でいいから、自分の言葉で話してみる。噂話でも、友達との会話でも、好きなものの話でも」
「30点…」
「そう。30点英会話。満点を目指さなくていいの。あなたの言葉で話せばいい」

里奈の顔に、少しずつ明るさが戻ってきた。
「Let's start with your words」Buddyがそっとつぶやいた。

「マスター、聞いてたんですね」里奈が笑う。
「Your words, your style, your pace」Buddyは微笑みながらカップを磨いていた。

里奈はノートを閉じると、新しいページを開いた。そして「My Words」と大きく書き、自分の好きなことをリストアップし始めた。

「ありがとうございます、ケイさん」里奈の声には力強さが戻っていた。「私、まず自分の『推し』のことを英語で話せるようになってみます!」
ケイは嬉しそうに頷いた。「素敵ね。自分の言葉で話すことが、一番の近道よ」

午後の光が二人を優しく包み込む。カフェの中には、コーヒーの香りと共に、新しい一歩を踏み出す勇気が満ちていた。





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