"できない日"にも、意味がある|カフェ・フルエンタラ
夕暮れ時のカフェ・フルエンタラには、オレンジ色の光が斜めに差し込んでいた。
空いているテーブル席に腰掛けた理沙は、ため息をついて肩を落とした。
今日一日、英単語が頭に入らなかった。文法の問題集も、何度解いても同じところで躓く。いつも決まった時間に聴く英語のポッドキャストすら、今日は集中できずに流し聴きになってしまった。
「どんな飲み物にしますか?」
カウンターからマスターのBuddyが声をかけてきた。
「ホットチョコレートをください...甘いものが必要な気分で」
Buddyはうなずき、黙々と準備を始めた。店内は彼女以外にも数人の客がいたが、皆それぞれの世界に浸っているようだった。窓際では、高校生らしき女の子がノートに何かを書きながら時々微笑んでいる。
「はい、どうぞ」
ホットチョコレートが運ばれてきた。マシュマロが二つ、優しく浮かんでいる。
「ありがとうございます...」理沙は両手でカップを包み込むように持った。
「今日は、何をやってもダメな日でした」
思わず口に出した言葉に、自分でも驚いた。でも、この静かなカフェなら、そんな弱音も許されるような気がした。
「ダメな日?」Buddyは微笑んだ。「それは難しいね」
「英語の勉強をしているんですけど、今日は全然はかどらなくて...」理沙は少し恥ずかしそうに言った。「やる気が出なくて、集中もできなくて。無駄な一日を過ごしてしまった気分です」
Buddyは少し考えるように黙り、そしてゆっくりと言った。
「畑を知っているかい?」
「畑...ですか?」
「ああ。作物を育てる人は知っているんだ。雨の日も、風の日も、雪の日も、畑は休まずに働いている。見た目には何も成長していないように見える日があっても」
理沙はホットチョコレートを一口飲んだ。甘さが、少しずつ体に広がっていく。
「Seeds need time underground before they sprout.」Buddyはカップを拭きながら言った。「種は、芽を出す前に、地中で時間を必要とする」
「地中で...」
「今日のような日は、表面には何も見えないけれど、地中では何かが起きているのかもしれないね。明日の成長のための、静かな準備の日」
理沙は窓の外を見た。街灯が一つ、また一つと灯り始めていた。
「完璧な日ばかりじゃない」Buddyは続けた。「できない日があるからこそ、できる日の喜びがある。それに、休息も学びの一部だからね」
理沙は静かにうなずいた。今日一日、自分を責めていた重しが、少しだけ軽くなった気がした。
「明日、また始められればいいのですね」
「ああ、それでいいと思うよ。Every day is a new beginning.」
ホットチョコレートを飲み終えた理沙は、バッグから手帳を取り出した。明日の予定を見ながら、小さく書き込む。
「明日、8時から、英語、再スタート」
カフェを出る時、理沙は少し笑顔になっていた。
今日は何もできなかったかもしれない。でも、それも自分の学びの一部なのかもしれない。
明日は、また新しい一日が始まる。
