大学祭の距離|それぞれの恋①
「あ」
焼きそば屋台の前で、私たちは同時に気づいた。
「こんにちは」
彼は笑顔で手を振ってくれる。あの電車での出来事から一ヶ月。心理学の授業で毎週見かけるけれど、ちゃんと話せたのはまだ一度だけだ。
「一人で回ってるの?」
「はい、友達とははぐれちゃって」
「良かったら、一緒に回らない?僕も一人なんだ」
胸がきゅんとする。
「喜んで」
これ以上ない笑顔でそう言いながら、ドキドキする音が彼に聞こえてしまいそうで恥ずかしかった。
お化け屋敷、射的、ミニライブ。彼は楽しそうに案内してくれる。私が怖がると「大丈夫?」と心配してくれるし、射的で景品を取れると一緒に喜んでくれる。
けれど彼にとっては、友達と一緒の暇つぶしにすぎないのだろうと思うと悲しかった。
歩いているとき、手が触れそうになると、なんとなく離れてしまう。人混みで自然に近づいても、すぐにまた元の距離に戻る。
それでも、こうしていたら、友達以上になれるのだろうか。
「あ、心理学研究会の展示だ」
彼が指差す先に、手作りの看板。
「見てみる?」
展示室では、恋愛心理学のパネルが並んでいる。「好きな人との適切な距離」という展示の前で、私たちは立ち止まった。
「面白いね、これ」
彼がパネルを読み上げる。
「親しくなるにつれて、物理的距離は縮まるが、心理的距離は必ずしも比例しない、か」
ドキリとした。まるで今の私たちのことみたい。
「君はどう思う?」
突然聞かれて、慌てる。
「え、えーっと...」
「心理的距離って、測れないから難しいよね」
彼は少し考え込むような表情を見せた。
「でも、分かるときがある気がする」
そう言って、彼は私を見た。
夕方になって、大学祭も終わりに近づいていた。正門の前で、私たちは立ち止まる。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ」
「良かったら...」
彼が何か言いかけて、止まった。
「また、一緒に授業受けようね」
そう言って、軽く手を振って歩いて行く。
私は、その場にしばらく立っていた。
「また授業で」じゃなくて、「また一緒に」と言ってくれた。それだけで、なんだか嬉しかった。
心理的距離は測れないけれど、少しずつ縮まっているような気がする。
明日の心理学の授業、早く行けば並んだ席がとれるだろうか。
読者の皆様への感謝を込めて、好評だった「肩越しの声」の続編をお届けします。
スキ・フォロー・コメントなど頂けると励みになります。
