出さなかった手紙
引っ越しの荷造りをしていたら、一通の手紙が出てきた。高校時代の教科書に挟んであった。
封筒には宛名だけが書いてある。「田中慎也様」
便箋には十七歳の私の字で、手紙が入っていた。
正しくは、下書きなのかもしれない。消したり書き直したりした跡がある。
『慎也くんへ
卒業まであと一ヶ月ですね。三年間、同じクラスになったことは一度もなかったけれど、文化祭の実行委員で一緒に作業したり、図書委員で顔を合わせたり、小さな接点はたくさんありました。
私は慎也くんの、人の話を最後まで聞く姿勢が好きでした。みんなが途中で意見を言いたがる中で、慎也くんだけは違っていて。
本当は、卒業前に一度だけで良いから、二人で話をしてみたかったです。
でも、私にはその勇気がありませんでした。
慎也くんがきっと素敵な人生を歩まれることを願っています。』
手紙はそこで終わっていた。
あの頃の私は、何度も書き直しては結局渡せずにいたのだ。
ふと思い立って、慎也のことをネットで検索してみた。
すぐに見つかった。地元の銀行に勤めていて、二年前に結婚していた。奥さんとの写真には、当時と同じ優しそうな笑顔が写っている。
十年以上前の手紙を見つめながら、私はあの頃の気持ちを思い出そうとした。けれど彼への特別な感情は湧いてこない。
私は、真っ直ぐで不器用で、傷付きやすくて、でも精一杯だった。
封筒に戻した手紙を、どうしようかと迷った。
破ってしまおうか、教科書と一緒に捨てようか。
結局、アルバムに挟みなおして、荷物の中に入れた。
十七歳の私を、新しい家に一緒に連れて行こう。
勇気が足りなかった日々も含めて、私の青春だったのだから。
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