初めてのデート|ひとりじゃない丨せりふ三題噺
鏡台の前で、高校二年の美月が慎重に口紅を塗っている。
初めての本格的なデート。相手は隣のクラスの伊藤君。文化祭の実行委員で一緒になって、急速に距離が近くなったのだという。
「お母さん、どう?」
振り返った美月の顔を見て、私は息を呑んだ。知らない女性がそこにいるかのようだった。
「とても素敵よ」
私がそう答えると、美月ははにかんだ笑いを浮かべた。
「でも、もう少しチークを足した方が良いかも...」
私が近づこうとした時、美月が言った。
「頼むからなにもしないで」
甘えを含みながらも、きっぱりとした声だった。
こうやって美月は私から離れていくのね。そう思うと少し寂しかった。
「わかったわ。一人でちゃんとできるものね」
私がそう言うと、美月は安堵の表情を浮かべ、身支度を整えると白いサンダルを履いて、軽やかに玄関から出て行った。
ドアが閉まった音の後、私は一人になった。
キッチンで麦茶を作りながら、私は美月の小さかった頃を思い出していた。
美月の父親は彼女が三歳の時に病気で亡くなり、十四年間、私たちは二人でやってきた。
鏡台の前で、私の真似をして化粧の真似事をしていた美月。一緒にお料理を作ると言って、キッチンを粉だらけにしていた美月。
あの頃の美月は、私がいなければ何もできなかった。彼を失った私も、美月がいなければ何もできなかった。
今日、鏡台の前で口紅を塗る美月は、完全に一人の女性だった。
「頼むからなにもしないで」
そう言った彼女は、私を拒絶していたわけではない。
自立への決意であるとともに、私に心配をかけまいとする優しさだった。
冷たい麦茶をグラスに注いで、私は美月の帰りを待った。
これから帰ってくる美月は、朝ともまた違う顔をしているのだろう。
甘えん坊の小さな娘ではもうない。
でも、麦茶を作って待っている母親を、きっとまだ必要としてくれる。
それだけでいい。
何時だろうか。そろそろ帰ってくるころだ。
窓越しに見る夕焼けは、徐々にその場を星たちに譲ろうとしていた。
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