約束の駅|3つのお題に空想のひらめきを|名前のない物語
息子が大学に受かり独り暮らしを始めた。
単身赴任中の夫との暮らしをこれからどうするかを考えなければならない。
その前にとばかり、これまでの自分に対するささやかなご褒美に小旅行に出かけた。
この駅に来たのは二十年ぶりだ。
田舎とはいえ、今は無人駅になっていた。
乗客どころか駅には誰もいない。
二十歳の夏。当時付き合っていた男性と二人でここに居た。
雑誌で見た穴場観光スポットという記事をきっかけにしたデートだった。
「また二人で来ようね」
ホームのベンチで肩を寄せて二人で囁きあった。
笑顔の素敵な人だった。
そのままずっと二人でいたいと思っていた。
けれどその冬、些細な行き違いから二人は別れた。
そんなことを思い出しながら、あの日のデートコースを独り歩いた帰り。
同じベンチに座って、線路を眺めているうちに少しまどろんだ。
足音に目を向けると、男性が階段を下りて来る。
スーツを着て、キャリーバッグを引いている。
「久しぶりだね」 聞き覚えのある声。
彼だった。二十年の歳月を経ているが間違いない。
「どうして」
言葉が出なかった。
彼は微笑んだ。
「元気だった?」
「うん。結婚して、子どもも生まれた」
「そう」
彼は一瞬、寂しそうな顔をした。
「良かった。幸せそうで」
当時と同じ笑顔で彼はそう言った。
電車が近づく音が聞こえた。
「じゃあ、僕はこれで」
「また会える?」
そう尋ねる私に彼は首を横に振った。
「これで最後だと思う。でも、会えて良かった」
ゆっくりと停まった電車に彼は乗り込んだ。
がらんとした電車の窓越しに手を振る彼に、私も小さく手を振った。
電車が走り去って、ホームにはまた私一人になった。
ベンチに座ったまま、次の電車を待つ。
風が吹いて、夏の匂いがした。
片桐みかんさんの企画に参加させていただいています。
#3つのお題に空想のひらめきを
#約束の駅
#共創 #ショートショート #私の作品紹介 #スキしてみて
🧡 スキ 🤝 フォロー 💬 コメント…のいずれかでもいただけたら、とても励みになります!
