落とし物
月曜日の朝、地下鉄のホーム。
人ごみの中で私は息苦しさを感じていた。まるで自分だけが取り残されているような思いを抱えて、重い足取りで階段を上る。秋の風はここまでは入ってこない。
改札横の自動精算機の脇に、三人ほどの列があった。窓口には「遺失物はこちらへ」と書いてある。
ふと、これまでに失くしたものを思い出した。
お気に入りのチャーム、母からもらったペン、愛用の髪留め。どれも見つかることはなかった。うっかりものの私は、いろいろなものをどこかで失くしてきた。
そして今度は、恋を失くしてしまった。
一昨日のデート。彼から別れを告げられた。他に好きな人ができたのだという。私は何も言えなかった。思えば、熱を上げていたのは私の方だった。
何がいけなかったのだろう、どうすれば良かったのだろう。
昨日は一日中、そんな問いを繰り返していた。答えは出ないまま、今朝を迎えた。
遺失物の窓口を通り過ぎようとしたときだった。
「ごめんなさい」
割り込むようにして、女性が窓口に声をかけている。
「これ、ホームに落ちていました」
手には、小さな財布。
「急いでいるので、ごめんなさい」
並んでいた人たちに頭を下げると、女性は小走りに去っていった。
私は立ち止まった。
この財布の持ち主は、きっと今頃気づいて慌てているだろう。でも大丈夫。こうして、拾って届けてくれている人がいる。
私が失くしたものも、ちゃんと誰かが拾ってくれていたのかもしれない。
でも、そこで気づいた。
私は恋を失くしてなんかいない。
勝手にのめり込んで、勝手に自分のものだと思って、勝手に失ったと悲しんでいるだけ。
彼の気持ちは、私が落としたものでも、拾えるものでもない。最初から、私のものではなかったのだ。
でも、私の気持ちは変わらない。結果がどうであろうと、私が彼を好きだった時間は本物だった。
そう思いながら、私は改札を抜けて地上に出た。
外の空気は、思っていたより澄んでいた。
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