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待っててね|せりふ三題噺

夜桜の下で、彼女は名札を外した。
「このあと、アップグレードなんだ」

そう言うと、胸元にあった名札を、指先でなぞりながら渡してよこした。

「終わったら、また会える?」
そう尋ねると、少し考えてから言った。

「うん。待っててね。これ、預かってて」

そのあと僕は一晩中、ポケットの中の名札を、何度も確かめた。

翌朝、同じ場所で待っていた。
彼女が来た。

同じ顔。
同じ声。
同じ仕草。

「おはようございます」
少しだけ間があった。
「……どちら様でしたっけ?」

僕は名札を取り出した。
「これ、君のだよ」

彼女はそれをしばらく見つめていた。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、胸元につけた。
その仕草は、確かに彼女だった。

風が吹いて、桜が舞った。
彼女は名札を指で押さえながら、僕を見た。

「あなたは……」
と言いかけた。

そのとき、僕のポケットの中で、指に触れるものがあった。

取り出したのはもう一枚の名札。
見覚えのない男性の名前が、そこに書かれていた。

僕は顔を上げた。
彼女が、少しだけ首をかしげる。
「……どちら様でしたっけ?」

桜が、ひとひら落ちた。
僕は、名札を握ったまま、動けなかった。

「待っててね」
その声が誰のものだったのかも、
もうわからない。




はらとけいさんのせりふ三題噺に参加します。

■セリフ「待っててね」■三題・アップグレード・名札・夜桜


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