ハラハラするんですけど➁|アマノ文筆クラブ
娘が、家を出る。
大学の合格が決まって、ひとり暮らしを始める。
引っ越しの朝、私は朝から落ち着かなかった。
段ボールに貼ったガムテープを、もう一度、押さえる。
忘れ物はないか、確認する。何度も。
「もう、大丈夫だってば」
娘が笑う。
大丈夫なわけがない。火の元、戸締り、変な勧誘、深夜の一人歩き。言いたいことは、山ほどある。
「ちゃんと、鍵は二重にかけるのよ」
「はいはい」
「知らない人が来ても、開けちゃだめ」
「わかってるって」
「ハラハラするんですけど」
つい、口をついて出た。
娘は、あきれた顔で言った。
「お母さん、心配しすぎ」
そうかもしれない。でも、母親とは、そういうものだ。二人っきりの暮らしになってから、ずっとそうやってやってきた。
何かをいいかけた娘は、私の顔をみると、口をつぐんだ。
トラックに荷物を積んで、娘は助手席に乗り込んだ。
窓から手を振る。
「じゃあね」
トラックが見えなくなる。
家に戻ると、娘の部屋が空になっていた。
がらんとした六畳。日に焼けた壁に、ポスターの跡だけが、白く残っている。
私は、その部屋に、しばらく立っていた。
そして、気づいた。
ハラハラしていたのは、娘が危ないから、じゃなかった。
娘が、いなくなるのが、こわかったのだ。
そのまま、夜になった。夕飯のことを考えなければ。
けれど、自分一人の食事など、正直どうでも良かった。
スマホが震えた。
娘から、LINE。
ママ、ちゃんとご飯食べてよ。
それから、武田さんとのことはどうなってるの?
こっちがハラハラするんですけど
甘野充さんのアマノ文筆クラブに参加します。
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