瞳を閉じて|シロクマ文芸部
目をつぶる。
それだけで、彼の顔が浮かんでくる。
……いけない。
私は、必死に目を開ける。
彼のことを考えるのは、やめると決めたのだ。
彼には、家庭がある。奥さんがいて、小さな子どももいる。
私が、この気持ちを、なかったことにすれば、誰も、傷つかない。
そう決めてから、会わないようにしてきた。
目を合わせることも避けた。二人きりに、ならないように努めた。
そうだ。こうして、なんとか、やっていける。
その日、残業で遅くなった。
気づけば、オフィスに彼と二人だけ。
「送っていくよ」
台風の影響で、列車の運行が大幅に乱れているらしい。
私は、断ることができなかった。
雨がフロントガラスをたたく車の中で、二人は無言だった。
ラジオの音だけが流れていた。
長い時間をかけて、車は私のアパートの前に止まった。
「……あのさ」
彼が言いかけた。
私は、身体を固くし、目を逸らした。
その先を、聞いてはいけない。
今すぐ、車を降りなければ。
彼が、そっと、顔を近づけてくる気配がする。
私は、思わず、瞳を閉じた。
なかったことに、するはずだった。
そう決めたはずだった。
小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加します。
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