見出し画像

色眼鏡➁|アマノ文筆クラブ

駅裏に、「色眼鏡、専門店」という色あせた看板を見つけた。

こんなところに眼鏡屋があっただろうか?
入ってみた。

サングラス屋かと思ったのだが、違った。
老店主は私の顔を見ると、手招きをした。
いろいろなレンズを出してくる。

「これは、相手の言動が気にならなくなる色。こちらは、恋人の欠点が見えなくなる色。あちらは、他人がみんな格下に見える色。よく売れます」

胡散臭いと思いながらも、私は正直に言った。
「顔を見たくもない上司がいるんです」

「では、これを」

薄い、琥珀色のレンズだった。
かけてみると、世界が少しやわらいだ。
なるほど、思い浮かべた上司の顔も、いくらか許せる気がした。

「いただきます」

会計のとき、ふと、棚の奥のレンズに気づいた。
ひっそりと置いてある。まったくの透明なのが、逆に気になった。

「あれは、何色ですか」
店主は、少し笑った。
「色は、ついていません」
「では、意味がないのでは」
「そうでもないんです」

私は、意味がわからなかった。

「琥珀色をかければ、相手を許せます。ですが、次は、別の色が欲しくなる。人を色で染めはじめると、きりがない」

店主は、透明なレンズを、そっと拭いた。

「これは、何も足しません。何も引きません。ただ、その人を、そのまま見る」

「……こわいですね」
「ええ。だから、ほとんど売れません」

私は琥珀色を店主に返し、透明なレンズを買った。
怖いもの見たさ、というやつだ。

そのままかけて、店を出る。
少しだけ視界がクリアになった気はしたが、世界は何も変わっていなかった。

翌日、会社に出勤した。

上司の顔を見たとき、悟った。

あぁ、私はこの人が嫌いなんだ。





甘野充さんの、アマノ文筆クラブに参加します。



#アマノ文筆クラブ #色眼鏡 #ショートショート #創作 #小説 #ABC共創ラボ #AI協働 #共創


いいなと思ったら応援しよう!