SNSの中の懲りない面々丨青ブラ文学部
朝のコーヒーを飲みながら、私はスマートフォンの画面をスクロールしている。
毎朝6時、必ず筋トレの成果を報告する田島さん。今日も「今朝も頑張りました!💪」の文字とともに、汗をかいた自撮り写真が投稿されている。もう2年間、一日も休んだことがない。
8時になると、佐藤さんの手作り弁当の写真が現れる。色とりどりのおかずが美しく並んだお弁当に「今日も愛情込めて♡」のコメント。毎日違うメニューで、見ているだけでお腹が空いてくる。
昼休みには必ず山田さんが現れる。「今日のランチ✨」というハッシュタグとともに、おしゃれなカフェの料理写真。いつも一人分の料理なのに、なぜか「友達と楽しいランチタイム」とコメントしている。
夜になると、鈴木さんの読書感想文の時間だ。毎晩必ず本の写真とともに、長文の感想を投稿する。難しい哲学書から軽いエッセイまで、読書量は驚異的だが、感想はいつも似たような内容だ。
「毎日投稿していてすごいな。でも同じようなことばかりで、飽きないのかな」
最初は、そう思っていたのだけれど、いつの間にか投稿チェックが私の習慣になっていった。
彼らの投稿を確認しないと、一日が過ごせない。
田島さんの筋トレが休みの日があると心配になるし、佐藤さんのお弁当が手抜きに見えると「疲れているのかな」と気になる。
先週のことだった。
駅前のカフェで、見覚えのある人を見かけた。山田さんだった。
いつものようにおしゃれな料理の写真を撮っている。でも、その後の彼女の行動に私は驚いた。
料理の写真を撮り終えると、彼女は料理にほとんど手をつけずに席を立ったのだ。そして、向かいのコンビニでおにぎりを買って、ベンチで一人で食べていた。
私は複雑な気持ちになった。
彼女の「おしゃれなランチ」は演出だったのか。でも、なぜそこまでして投稿を続けるのだろう。
翌日、山田さんの投稿には、いつものように美味しそうな料理の写真があった。でも、私には違って見えた。
投稿の後ろに、理想的な日常への彼女自身の憧れや、なりたい自分への願いが込められているように思えた。
私たちは皆、SNSという小さな舞台で、仮面をかぶっているようなものかもしれない。
それは、現実からの逃避、理想の自分探し。
田島さんの筋トレ、佐藤さんの手料理、鈴木さんの読書、山田さんのランチ。
それぞれが、なりたい自分に向かっての努力なのだろう。たとえ完璧でなくても、時には背伸びしていても。
今朝も私はタイムラインを開く。
「今日も頑張りました!💪」
田島さんの投稿に、私は微笑んだ。
今日も懲りずに、彼らは投稿し続ける。
そして、私もまた懲りずに、それを見続ける。
私たちは皆、SNSの中の懲りない面々。
何かが足りない日常を、せめて少しでも美しくしたい。その小さな努力を、私は彼らと共にしているのだ。
🧡 スキ 🤝 フォロー 💬 コメント…のいずれかでもいただけたら、とても励みになります!
