失恋の真実
「田村さん、結婚するんだって」
同僚がそう教えてくれた。
田村さん。同じ部署で五年間、一緒に働いてきた人。
「そう」
私は答えた。
「大丈夫?あなた、田村さんのこと好きだったんでしょ」
同僚は心配そうに私を見た。
「うん、まあ」
五年間の片想いだった。朝、彼より早く出社して、デスクを拭いた。コーヒーを淹れて、さりげなく置いた。残業の時は、一緒に夜食を食べた。
でも、告白はしなかった。できなかった。
そして今、彼は結婚する。私の知らない人と。
泣くべきだろうか。
失恋したのだから、泣くべきだ。でも、涙が出ない。
化粧室で独り、鏡を見た。
「私、失恋したのよ」
声に出して言ってみた。
涙が出なくても不思議ではないか。十代の女の子でもないしね。
五年間の記憶を辿った。
朝のコーヒー。一緒の夜食。他愛ない会話。
それは確かに、楽しい時間だった。時には切ない時間だった。
スマホに、同僚からメッセージが届いた。
「飲みに行く?話聞くよ」
「ありがとう。でも大丈夫」
返信して、スマホを置いた。
私が好きだったのは、彼ではなく、彼を好きでいる自分だったのかもしれない。
誰かを想う自分。優しくする自分。切ない気持ちでいる自分。
それが心地よかっただけなのかもしれない。
帰宅して窓を開けると、夜風が入ってきた。
五年間の片想いが、今日、終わった。
でも、それはただ、長い習慣が終わっただけ。
明日は、自分のためにコーヒーを淹れよう。
涙は出なかった。
少しほっとしている自分がいた。
以前にエブリスタに投稿した作品です
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