『標準感情書店』
本屋には、
標準化された創作が並んでいた。
感情導線最適化済み。
読者離脱率4.1%以下。
共感指数認証モデル。
棚には、
そんなラベルが整然と並んでいる。
白い照明。
静かな空調。
均一な温度。
昔の本屋にあった紙の匂いは、
もうほとんど残っていなかった。
「あなたに最適な物語はこちらです」
棚の上で、
丸い動物型AIが笑う。
客はみんな、
スマートブレスレットを棚へかざし、
自分専用に推薦された作品を受け取っていた。
《最近、お疲れのようですね》
《刺激の少ない安心設計作品をおすすめします》
《裏切り描写は制限されています》
《感情負荷レベル:低》
誰も、
長く立ち止まらない。
迷わない。
迷う必要がない。
選択は、
もう分析済みだから。
遥は、
新刊コーナーを眺めていた。
表紙には、
似たような笑顔が並んでいる。
優しい主人公。
否定しない仲間。
予定調和の救済。
少しだけ泣けて、
少しだけ安心できる物語。
どれも売れていた。
どれも、
よくできていた。
どれも、
少しずつ同じだった。
「……また減ったな」
遥は小さく呟く。
棚の端。
“旧式文学”コーナー。
昔はもっと広かった。
今では、
メンテナンス対象外として、
隅へ追いやられている。
そこには、
説明の少ない小説があった。
救われない話。
矛盾した人間。
急に終わる会話。
意味のない沈黙。
読後感保証なし。
レビュー平均も低い。
炎上履歴あり。
市場適応率D。
誰も手に取らない。
その時だった。
店の奥で、
小さな物音がした。
古いワゴン。
「処分予定」と書かれた段ボール。
中には、
回収された本が積まれている。
遥は、
一冊だけ表紙のない本を拾った。
タイトルもない。
バーコードもない。
認証タグも剥がれている。
違法な旧式紙媒体だった。
適当に開く。
そこには、
こんな文章が書かれていた。
『あのとき、
どうして寂しかったのか、
最後までうまく言葉にできなかった』
それだけだった。
起承転結もない。
市場分析的には失敗作だ。
でも。
遥は、
ページを閉じるまで、
少し時間がかかった。
胸の奥に、
説明しづらい何かが残っていた。
棚の上では、
今日も白いAIが微笑んでいる。
『安心できる物語を、
あなたへ』
店内の客たちは、
静かに頷きながら、
最適化された感動を買っていく。
その光景を見ながら、
遥はふと思った。
たぶん人間は、
効率よく救われすぎると、
少しずつ、
自分の痛みの形を忘れていくのだ。
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