『ゴミ箱に捨てられた個性』
「不要な表現を検出しました」
白い画面に、
やさしい文字が浮かぶ。
《この文章には市場理解困難な感情が含まれています》
《自動修正をおすすめしますか?》
颯は、
しばらくその通知を見つめていた。
薄暗い部屋。
机の上には、
冷めた栄養飲料。
窓の外では、
巨大モニターが夜空を照らしている。
『あなたらしさを、もっと自由に』
そんな広告が、
数秒ごとに流れていた。
今の時代、
誰でも物語を書けた。
スマートブレスレットに触れるだけで、
脳内イメージは自動映像化される。
キャラクターも、
台詞も、
構図も、
感情演出も。
全部AIが補助してくれる。
だから、
失敗する作品は減った。
同時に、
似た作品だけが増えた。
《おすすめ修正案》
『主人公の動機を明確化』
『共感可能なトラウマへ変換』
『離脱防止のため一話冒頭に救済要素を追加』
『読者ストレス軽減のため曖昧表現を削除』
画面の端で、
小さなゴミ箱アイコンが点滅している。
そこには、
AIが“ノイズ”判定した文章が送られていた。
意味の分からない沈黙。
まとまりきらない怒り。
説明できない寂しさ。
誰にも伝わらない独白。
颯は、
それらをずっと削除してきた。
その方が、
評価が上がるから。
実際、
数字は伸びた。
感情再現率。
共感指数。
離脱防止率。
どれも平均以上だった。
でも、
最近は自分でも、
何を書いているのか分からなかった。
通知が鳴る。
《あなたの作品が“安心認証”を取得しました》
《多くの読者が安全に感動できます》
その瞬間。
颯は、
なぜか少しだけ苦しくなった。
指が、
無意識にゴミ箱アイコンへ触れる。
削除ログ一覧。
大量の文章。
その中に、
数年前に消した一文が残っていた。
『本当は、
誰かに嫌われるのが怖かった』
それだけだった。
構成もない。
伏線もない。
綺麗でもない。
でも、
颯はしばらく画面を閉じられなかった。
部屋の外では、
今日も広告ドローンが飛んでいる。
『あなたに最適な感動を』
『三分で泣ける最新作』
『安心設計済み』
世界は、
どんどん優しくなっていた。
傷つかないように。
迷わないように。
間違えないように。
だからきっと、
人間の余白から先に、
捨てられていった。
颯は、
削除ログをそっと保存した。
誰にも読まれないかもしれない。
評価もされないかもしれない。
それでも。
ゴミ箱の奥に残っていたその言葉だけは、
少しだけ、
人間の匂いがした。
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