“統一感”を諦めた人間のnote
最近、
自分のnoteを見返していたんですけど。
いや、散らかりすぎだろ。
創作小説があって、
終電の話があって、
社会不安の話があって、
政治風刺があって、
謎エッセイ垂れ流して、
その次にキラキラしたイラストが出てくる。
脳内のタブ、
一個も閉じれてない人間の画面みたいになってる。
*
普通、
もっと統一感とかあるじゃないですか。
「この人はこういう人です」
みたいな。
でも私のnote、
「終電」「社会不適応」「ネオン」「コンビニ」「創作」「情緒」「政治」「カフェオレ」「レシート」「人類への違和感」
とかが全部同じ棚に突っ込まれてる。
ドン・キホーテか?
*
でも、
最近ちょっと思ったんですよね。
人間って、
本来こんなもんじゃないですか。
仕事のこと考えながら、
帰り道にコンビニ寄って、
政治にイライラして、
通知に疲れて、
でも急に綺麗な空見て、
創作したくなったりする。
だから、
この散らかり方って、
わりと“生活そのもの”なのかもしれない。
*
たぶん私は、
「綺麗に整理された人格」
になれない。
ちゃんとした発信者にも、
綺麗なインフルエンサーにも、
意識高い創作者にもなりきれない。
普通に深夜三時にポテチ食べながら、
「社会、バグってんな……」
とか言ってる。
終わってる。
*
でも、
最近はちょっとだけ、
「まあ、これが人間か」
と思い始めてます。
思想も、
部屋も、
人生も、
マガジンも散らかってるけど。
なんか今日も生きてるので、
たぶん更新されます。
よろしくお願いします。

