短編が伸びるらしいと知っても尚、中〜長編小説を書きたくなる異常者
今の時代、短いものが強い。
動画は短尺。文章も短文。要約。切り抜き。結論から。テンポ重視。離脱率。タイパ。コスパ。スクロール。おすすめ欄。
長く立ち止まるより、流れ続けることに最適化された世界だと思う。
創作の世界も、わりとそうだ。
短編のほうが読まれやすい。入口として強い。拡散もしやすい。最後まで読まれやすい。作者側の負担も比較的軽い。
理屈はわかる。
実際、自分でも短編のほうが伸びやすいと感じることはある。
数分で読める。
テーマが明確。
感情のピークが作りやすい。
SNSとも相性がいい。
かなり合理的だ。
それなのに、ときどき書きたくなる。
中編とか、長編とか。
回収に数万文字かかる伏線。
別にいなくても成立する脇役。
ゆっくり変化する関係性。
説明しなくてもいい日常回。
本筋と関係ない会話。
そういう、明らかに効率の悪いものを書きたくなる。
かなり不思議である。
数字を考えるなら、もっと短く、もっと早く、もっとわかりやすくしたほうがいい。たぶんそのほうが今の流れには合っている。
でも、長い物語にしかない呼吸がある。
少しずつ積み重なる空気。
説明されない違和感。
読者の中で育つ感情。
何気ない一言が後から効いてくる感じ。
あれは、時間を使わないと作れない。
短編は、一撃の強さがある。
長編は、居座る力がある。
読み終わったあともしばらく残る景色とか、存在感とか、「あのキャラ今どうしてるんだろう」とふと思い出す感じは、長く一緒に過ごしたから生まれる部分が大きい。
もちろん、難しい。
途中で離脱される。
更新が止まる。
自分も迷子になる。
設定が増える。
風呂敷が広がる。
作者側も普通に苦しい。
それでも書きたくなるのは、たぶん「世界」を作りたいからだと思う。
一つの感情やテーマだけではなく、人が生活している感じ。時間が流れている感じ。背景に歴史や空気がある感じ。
そういうものは、長さを必要とする。
街角の自販機とか、脇役の癖とか、名前もない会話とか、別になくても成立する部分に、妙に執着してしまう。
効率は悪い。
かなり悪い。
でも創作って、効率が悪い部分ほど楽しいことがある。
誰にも刺さらないかもしれない設定。
自分だけが好きな描写。
回収されるかわからない伏線。
そういうものを積んでいる時間は、だいたい孤独だが、少し気持ちいい。
最近はもう、半分諦めている。
自分はたぶん、短編が伸びると知っても、中〜長編を書きたくなる側の人間なのだ。
市場分析はする。
需要も理解している。
数字も気になる。
その上で、遠回りな物語を書き始める。
かなり面倒な性質である。
でも、そういう異常者がいるから、世界には分厚い小説や、無駄に広い設定資料集や、寄り道だらけの作品が残っているのかもしれない。
効率の悪い情熱でできたものには、ときどき妙な熱が宿る。
だから今日も、誰も急いでいない場面を、長々と書いている。
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