『感情サブスクリプション』
タイムラインには、
今日も適切な悲しみが流れていた。
三秒で理解できる怒り。
十五秒で泣ける人生。
最後まで見れば、
共感ポイントが付与される。
《あなたに最適な感情を配信中》
白い通知が、
静かに画面の上を滑っていく。
朝七時。
満員電車の中で、
人々は無言のまま、
感情を摂取していた。
炎上。
謝罪。
孤独。
格差。
誰かの失敗。
誰かの絶望。
誰かの死。
全部、
指先で流れていく。
広告の合間に。
「最近、
“静かな怒り”の視聴傾向が増えてるらしいですよ」
会社の昼休み、
同僚が笑いながら言った。
「刺激強めの悲観コンテンツ、
今かなり伸びるみたいです」
テーブルの端では、
感情分析AIが昼のニュースを要約している。
《本日のおすすめ感情》
《軽度絶望》
《共感型疲労》
《安全設計済み社会不安》
誰も驚かなかった。
数年前から、
感情配信サービスは生活インフラになっていた。
人々は、
音楽みたいに感情を選ぶ。
集中用の怒り。
眠る前の安心。
通勤向けの軽い絶望。
泣きたい夜用の孤独。
全部、
月額制だった。
遥も、
最初は便利だと思っていた。
うまく泣けない日。
怒れない日。
何も感じない日。
配信を流せば、
ちゃんと感情が補充される。
安心できた。
自分が、
空っぽじゃない気がした。
でも最近、
時々わからなくなる。
この悲しみは、
本当に自分のものなのだろうか。
帰宅途中、
巨大モニターが夜の街を照らしていた。
『感情を、もっと自由に』
『あなた専用の共感体験』
スクランブル交差点では、
若者たちが涙を流していた。
新作配信の同時視聴イベントらしい。
みんな同じ場面で泣いていた。
同じタイミングで。
同じ言葉に傷つき。
同じ結末に安心していた。
その光景を見ながら、
遥は少しだけ息苦しくなる。
路地裏へ入る。
古いゲームセンターの跡地。
営業停止した小さな喫茶店。
自動広告も、
感情分析端末もない。
静かだった。
店の前に、
手書きの貼り紙が残っている。
『感情の持ち込み自由』
意味の分からない文章だった。
遥は、
なぜか少しだけ立ち止まる。
風が吹く。
遠くでは、
今日も大量の感情が配信され続けている。
激情。
悲観。
希望。
孤独。
絶望。
全部、
誰かが見やすい形に整えてくれている。
だからきっと、
人々は少しずつ、
自分で感情を抱える方法を忘れていった。
遥はポケットの端末を閉じる。
その瞬間だけ、
街の音が少し遠く聞こえた。
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