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桜とメトロノーム

午後の三時を少し過ぎた頃、私は窓辺の古い椅子に腰を下ろしていた。
部屋は薄暗く、カーテンを半分だけ開けている。外の桜並木が、風に揺れて淡いピンクの花びらを散らしている。花びらはゆっくりと舞い、地面に落ちては、すぐに次の風にさらわれる。
膝の上に置いたメトロノームは、静かに刻んでいた。
カチ、カチ、カチ。
規則正しい、乾いた音。
私はその音に合わせて、ゆっくりと息を吐いた。吸う。吐く。
心臓の鼓動が、少しずつそのリズムに引きずられていくような気がした。
桜は、毎年この時期になると、突然に咲き誇る。
去年も、一昨年も。
でも今年は、なぜかその美しさが胸に重くのしかかる。
花びらが一枚落ちるたび、何かが終わる音がする。
美しさは儚い。
だからこそ、痛いほどに美しい。
メトロノームの針が左から右へ、右から左へ。
正確に、容赦なく、時間を切り刻む。
私はその音に、指を軽く乗せた。振動が、指先から腕へ、胸へ伝わってくる。
この音は、止まらない。
止めてしまいたいと思うのに、止められない。
まるで、自分の人生の時計のように。
「もう少し、ゆっくり咲いてくれないか」
私は桜に向かって、声に出さずに囁いた。
花びらは答えず、ただ風に身を任せて散っていく。
メトロノームは容赦なくカチカチと刻む。
速すぎる。
私の心は、まだあの桜の枝に留まりたいのに、時間は私を先へ先へ押しやる。
ふと、手を伸ばしてメトロノームのスイッチを止めた。
カチ……カチ……と、音が遠ざかり、静寂が部屋を満たした。
その瞬間、桜の花びらが一斉に舞ったように感じられた。
静けさの中で、桜の色がより鮮やかに目に飛び込んでくる。
ピンクのグラデーション、柔らかな花弁の縁、風に震える細かな揺れ。
美しさが、胸の奥を直接掴む。
嬉しさと、切なさと、なぜか込み上げる寂しさが混ざり合って、息が詰まる。
私は再びメトロノームを動かした。
カチ、カチ、カチ。
音が戻ってきた途端、桜の美しさが少し遠のいた気がした。
時間に追われる安心感と、時間を忘れたいという渇望が、同時に胸を締めつける。
桜は散る。
メトロノームは刻む。
私はその間に座って、ただ見つめている。
この矛盾した二つのものが、私の心を優しく、しかし容赦なく揺さぶる。
いつか、このメトロノームを止めて、桜の木の下に座り続けたい。
花びらが私の肩に落ち、髪に絡まり、すべてを包み込んでくれるまで。
そのとき、私はようやく、時間を忘れられるのかもしれない。
でも今は、まだ。
カチ、カチ、という音に合わせて、
桜の散る速度を、静かに数えている。
桜のピンクが、夕陽に染まって少しオレンジがかってきた。
メトロノームの針は、変わらず正確に振れている。
私は目を細め、両方の世界を同時に受け止めようとした。
美しさと、時間の残酷さと。
その狭間で感じる、この胸のざわめきこそが、
今、私が生きている証なのだと思った。

#すみのとの短編小説

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